第167話 これも一つの結末 1

 爆発の衝撃で意識は遠のき、目がかすむ。

 両腕の激痛で、気を抜くと意識を失いそうだ。

 まずい……ダメージが大きすぎる。


 雷砲らいほうによる攻撃ならば打ち勝てたはず。

 だがまさか、ギルの必殺技がここまでの威力に達するとは……


 戦闘を……続けなければ。

 負けるわけにはいかない。

 こんなところで諦めるわけには……


 だがどうする?

 腕をやられたこの状態では満足に魔法も使えない。

 一時撤退をするか?

 いやギルは健在なはず、瞬間移動を使える奴が俺を見逃すはずがない。 


 朦朧とした意識の中で、懸命に俺とユーティアの名を叫んでいるマリオンの声だけが聞こえる。


 そう……だ、ユーティア。

 ユーティアが……いた!


「ユーティア!!」

 俺は大声で絞り出すようにそれだけ叫ぶと、支配の魔法を解除する。


 冷静に考えてみれば、なんでそんなことをしたのかという話だ。

 いやもちろん、戦闘が再開できるように傷を癒してほしかったわけだが。


 しかしそんなことをユーティアがするわけがないではないか!

 この小心者のすることといったら地に頭を擦り付けてギルに許しを請うか、全てを明かして自分が罪を償うから子供だけは見逃してくれと懇願するのが関の山。

 この時、俺は正常な判断力を失っていたのだ。


 だがユーティアは俺の予想外の行動に出る。

 震える左手で胸元からネックレスを取り出すと、そのトップ部分を握り呪文を唱え始めたのだ。


「契約の証を以てここに聖域の門を開く 我が身は 魂は 御身の一部とならん」


 このネックレスは……教会を追い出された時に院長から手渡されたものだ。

 そしてその六芒星のトップは、ユーティアの呪文に呼応するように虹色の光を放つ。


  『 セイントリレイション!』


 呪文の発動により虹色の光がユーティアの体全体を包む。

 そしてそれが消える頃には、腕の痛みが引いていた。


 いや、痛みだけではない。

 折れたはずの腕も元に戻っている。

 腕だけではなく足やその他の部位の傷も塞がっている。

 薄らいでいた意識も今は明瞭だ。


「高価な魔法具を使った一度だけ使うことができる秘術です。残念ですが、私が手伝えるのはここまでですリュウ君」


 俺が痛かったということは、もちろんユーティアも同じだけ痛みを感じていたということだ。

 だがユーティアはそれを責めるでもなく、むしろ優しい声音で俺を思いる。


《なぜ……だ? お前はこんな戦いには、というか俺の世界征服にすら反対だろう? なぜ俺に加担する? 生き残るためか?》

「本当ですよ! こんなの私は今でも反対ですから! でも私は……リュウ君のお母さんですから。だからいつもいつもリュウ君のすることを反対ばかりするのもどうかと思うんですよ。あれも間違い、これも間違いと決めつけてしまうのも違うと感じるわけです。それはきっと私のエゴですから。だからリュウ君が決めて、リュウ君が懸命に進んでいこうとしている道に向かって、今は私も共に進むべきだと思ったわけです」

 ユーティアはちょっと拗ねたように、それでもやはりいつくしむようにつづる。


「砦でゴブリンに襲われた時もそうでした。リュウ君は魔法で砦を滅茶苦茶にしてしまって、私はあの時なんてことをと思ったけれど、結局はそのおかげで私もローザも村も助かりました。結局、なにが本当に正しいことなのかなんて私にはわからない。だから今は、リュウ君を信じてみようと思います。そしてリュウ君……自分で正しいと思い決めたことならば、やり遂げてください。本当は……こんなこと言ってはいけないんですけど、もう一度立ち上がって! そして勝ってください!」


 ……ああ、まさかこんな状況だってのにユーティアからエールを受けるなんてな。

 正直今でもこいつが母親だって実感は湧かない。

 しかし短い間とはいえ一緒に過ごしてきて、俺にとってももはや他人とは思えなくなってきている。

 そうだ、自分だけではなくユーティアのためにも、今は勝たなくては!


「任せな! だからしばらくの間、俺を信じて待っていてくれ。必ず勝つから!!」

 そして俺は支配の魔法に切り替え立ち上がる。


「…………おいおい、冗談だろう? オレの特注ハンマーを破壊したうえに、回復魔法を使って起き上がっただと? お嬢、お前はいったい何者なんだ?」

「は? 言っただろうが! この世界の支配者様だってな!!」

 俺は信じられない光景を目の当たりにしているといった表情のギルに向かって言い誇る。


「そう……か、だがなお嬢。状況は変わってないぞ? 俺の武器は半分吹き飛んじまったがまだ使えんこともない。そしてお嬢の魔法でオレを倒すことができないのも今ので証明されただろう? なのに、なんでそんなに嬉しそうなんだよ?」


「ははっ、そりゃ決まってる! お前がこれから死ぬからだ!!」

 俺は走りながらマジックミサイル――「灼熱光矢メリオス」の魔法をギルに向けて放つ。


 数発はギルに命中するものの、当然のようにダメージは通らない。

 やはりこの程度の火力ではギルには無意味か。


 だがそれでも俺は続けざまに「灼熱光矢メリオス」を連射する。

 ギルとの一定の距離を保ちながら。


 まさに雨あられ!

 次々と発射される光の矢は、弾幕となってホール内を乱れ飛ぶ。

 もちろん、これも走りながらでも詠唱できる低位魔法だから可能な戦術だ。


「おいおーい! こりゃなんだいお嬢? ヤケクソのゴリ押し戦術か? まさかこれでオレの体力を削れるとでも思っちゃいねーよな?」

 ギルはハンマーを大きく一振り、自身に迫る弾丸を薙ぎ払う。


 どうやら……ギルは気付いていないようだ、俺の真の狙いに。

 そして奴がちょうど得物を振り切った直後、ギルの直上の天井が崩落する。

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