第8話 修道院の日常 1
少女ユーティア。
その
それだけでもコンタクトを取った甲斐があったというものだ。
彼女の信心深さが功を奏したか。
少なくともこの辺りはあまり豊かそうな土地には見えない。
もし心の荒んだ母親だったら、口減らしとして処分されていたかもしれないと思いゾッとする。
「ユーティア! 昼食の準備、忘れてないかしらぁ?」
晴天に女性の声が
声の主は――教会横の建物入口近くに立つ一人の女性だった。
やや年配のその女性は、黒を基調とした長いローブ状の――俺が持つ一般的なシスター像に近い修道服を着ている。
この教会のシスターの皆が皆、ユーティアのような白地の軽装タイプを着ているわけではないようだ。
「いっけない忘れてた! 大丈夫ですアマンダさん、今始めまーす!」
ユーティアはベンチから立ち上がると、そのアマンダと呼ばれた女性に両手を振る。
アマンダも軽く手を振り返すと、建物の中に入っていった。
「今日は昼食当番でした! リュウ君とのお話に夢中になって忘れていましたよ」
ユーティアはそう言ってアマンダが消えた建物の方へと歩き始める。
うむ、これはちょうどいい!
なぜなら今俺はとても腹が減っているからだ。
それこそプチ断食でもしてんのかってぐらいに。
《いいぞ、早く作れ! 言っておくが俺はそこそこグルメだからな。美味なランチを所望するぞ!》
「えっ……と、少し気が早いですよリュウ君? 食欲旺盛なのは健康的で良い事ですけど、お食事するのは生まれてからにしましょうね〜」
なに言ってんだコイツと思ったが、そういやユーティアに詳しい魔法の説明をしていなかったな。
どうやら解説が必要なようだ。
《あのなユーティア――》
「お母さん!」
ユーティアはピタリと立ち止まり、俺の言葉を遮る。
《んあ? なんだって?》
「もぅ親を呼び捨てだなんていけませんよリュウ君? 私のことはお母さんって呼んでくださいね! ほら、お母さんですよ〜」
《い・や・だ!!》
おいおい、今度は親の呼び方で揉めなきゃならんのか?
本当にどうでもいい事に
「なんでですか? だって私リュウ君のお母さんなんですよ? あっもしかしてママのほうがいいんですか? それともマミィ?」
イライライライライライラ……
俺の繊細な神経を逆撫でするのが得意な女だな!
母親という単語にネガティブな印象しかない俺に対して、母親と呼べなどと
《お前も俺の親になるんだから、俺の前で使ってはいけない禁止ワードを覚えてもらおうか。母親とか父親とか友達とか恋人とか友情とか愛情とかがそれだ。そういった単語は聞くだけで反吐が出そうなんだよ。わかったら二度と母親と呼べなんて言うなよバァーカ!!》
「えーヒドイですぅ! もう反抗期? せっかくお母さんになったんだから、やっぱりお母さんって呼ばれたいじゃないですかぁ? お母さん悲しいな〜?」
ウザッ! この女超ウザッ!!
俺と運命共同体でなきゃ今すぐ張り倒してやりたいぐらいにウゼェ!!
《とにかく今は事情があってそう呼びたくはないんだ。お前が母親としての責務を果たしたら、つまり俺が無事に生まれたら考えてやる》
「無事に……確かにそうですね。わかりましたよぉ……」
もっと食い下がるかと思ったが、ユーティアは渋々引き下がった。
俺の頑なな態度から、それなりの事情があると
《さて話を戻すがユーティア、俺が感覚を同調する魔法を使っているという話は先程したな?》
「ええ、そうですね。といってもよくわかってはいませんが……」
ユーティアは再び歩き出し、俺も先程の話題を再開する。
《理屈としては単純に考えてもらっていい。この魔法によって俺はお前と五感を共有している状態にある。つまりお前が体感している事を俺も同じように感じ取っているってわけだ》
「そ、それは、何か小恥ずかしい感じがしますが……」
俺は何もやましい事をしちゃいないのに、ユーティアはもぞもぞと着崩れた衣服の
《まぁそういうわけだからお前が空腹感を感じれば俺も感じるし、お前が満腹になれば俺も満足するってわけさ。それに食事ってのはなにも栄養摂取だけが目的ではない。いやむしろ味や食感を堪能することが主目的とも言えようぞ!》
前世で人間関係が希薄だった俺にとって、娯楽といえばゲームやアニメ、そして食べる事ぐらいだったからな。
ことさら食に対しては貪欲なのだ。
しかも俺が死んでから主体的にどれほどの時間が経過しているのかは不明だが、かなりの期間何も口にしていない気がする。
その状況が俺の精神的な飢えを倍化させているのは確かだろう。
《というわけで気合入れたのを頼むぜ。なにせこれが今回の人生で初めて食べる料理なんだからな》
「最前は尽くしますが、あまりリュウ君のご期待には沿えないかもしれません。材料も時間も無いですし、大量に作らなければならないので凝ったものは難しいんです」
大量にだって?
この寂れた教会でそれほどの人数分が必要とも思えないが――
「ティア! あっそぼー!!」
グアシッっと、突然ユーティアの脇腹辺りに何者かが飛びついてきた。
犯人は――小学生低学年ぐらいの女児だ。
赤毛でお下げ髪の年齢相応に純朴そうなその女児は、ユーティアの腰をガッチリホールドしつつスリスリと顔を
なん……だこのガキは!?
「ルーシィったら、もう午前の勉強は終わったのかしら?」
「うんっ! だから遊んでよティアー!」
ルーシィと呼ばれた女児はユーティアにぶら下がったまま、足をバタつかせて甘えた声を上げる。
「これからお昼ご飯の準備があるから後で遊びましょうね、ただし好き嫌いなく食べられたらだぞー!」
ユーティアはルーシィの頭をクシャクシャ揉みしだきながら悪戯っぽく笑う。
「今日はティアが当番か? オレはもう餓死寸前だぞー!」
今度は別の、ルーシィよりやや年上程の男児が現れ走り寄ってくる。
刈り上げられた栗毛の頭に子供の割に逞しい体つきという、いかにもガキ大将という風貌。
「アレックスまで! そうねー、今日は野菜が余っているから野菜スープかしら?」
「なにーっ? オレは育ちざかりなんだぞ! 野菜だけじゃ背が縮んじまうー!」
アレックスと呼ばれた男児のみならず、ルーシィまでもが加わってユーティアにブーイングを浴びせてくる。
「あ……でも、ミュリエルおば様から野兎の肉をいただいたから、それを入れようかしら?」
すると今度はヒャッホーと二人揃って歓喜の雄叫びを上げる。
なんとも現金なガキ共である。
「でももう少し時間がかかるの。皆にも少し遅れると伝えてくれるかしら? それとおば様に会ったらお礼を言うように!」
ユーティアの言いつけに子供たちは「ハーイ」と元気よく返事をすると、建物の中へと走っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます