第7話 俺の名は 2
「……あれは、たしか二週間くらい前だったと思います。私はロゴスさんの牧場へ牛の搾乳の手伝いをしに行ったんです」
《ふーん、それで?》
「その牧場の薄暗い牛舎の中、私とロゴスさんは二人きりでした」
《ふむふむ、それで?》
「私は手が小さいのでどうも搾乳が苦手で、悪戦苦闘しながら乳を搾っていたんですが、そんな中ロゴスさんが突然私の後ろから手を回してきて……」
《うん! 回してきてぇ!?》
「はい! 乳搾りのコツを教えてくれたんです!」
《…………はい?》
そのあまりに変哲もない展開に俺は拍子抜けする。
「こう、私の手にあの大きな手を添えて、丁寧に丁寧に搾り方を教えていただきました。しかし今になって振り返ればあれが原因で妊娠を……」
《あんのさぁ……それと子作りがどう関係あるんだよ! 手を握られただけで妊娠するかよ?》
「えと……しませんか?」
《し・ま・せ・ん! しませぇええええん!!》
俺の大声にビックリして耳を塞ぐ少女。
念話で脳に直接情報を送っているから、耳を塞いでも意味は無いけどな。
《この世界の性教育はどうなってるんだ? エロ本とかDVDとかは無いのか?》
「えろほん? でーぶい……? 少なくとも私は知らないですが……」
なんてこった……しかし嘘をついているようには感じられない。
異性との接触がその程度だとするならば、少女の身の潔白が証明されつつある。
どうやらこいつは正真正銘の処女らしい。
つまりこれは処女受胎というやつか?
まぁ胎児の俺が魔法を習得していることに比べたら、処女受胎ぐらいあっても不思議ではないのかもしれないが……
《わかった、一旦この話題は止めておこう。これ以上しつこく性体験を詮索すると、まるで俺が変態みたいだしな》
「そ、そうしてくれると助かりますぅ」
本来
《とすれば他に今最優先すべき重要事項は、わかっているとは思うが……》
「はい、もちろんわかっていますとも!」
少女は一転して凛とした明るい声を上げる。
「リュウ! でどうでしょうか?」
少女はピシリと人差し指を立てて、ただ一言そう告げる。
《……ごめん、何の話だ?》
「もうっ! だから、あなたの名前ですよ! 子供ができたら名前を付けるのは当然ですよね? 今しがたなんですが頭の……いえ心の中にふと浮かんだのがこの名前なんです。吟味して考えた名前ではないんですけれど妙にしっくりきて、これしかないって感じなんですよ!」
まるで名句でも思いついたみたいなノリで、嬉々として舞い上がる少女。
《はぁ……名前なんてどうでもいいけど》
「気に入りませんか? なら他のを考えますけど。私名前考えるの得意なんですよ! やっぱり可愛い名前がいいですよね? モッピーとかマロロンとかピュンタとか……」
《リュウがいい! リュウがいいなー俺!!》
こいつネーミングセンス無ぇ!
なんだその犬猫に付けるような名前は!
「そうですよね、やっぱりリュウがいいですよね? というわけでよろしくね、リュウ!」
《おい待て!》
「はい……?」
俺は低い声で威圧感を込めながら続ける。
《なに気安く呼び捨てにしてるんだ? 年下のくせに生意気な! むしろ敬意を込めてリュウ様と呼ぶべきだ!》
「年下って……何を言ってるんですか? リュウは私の子供なんだから私が年上じゃないですか?」
《ぐぅ……それはそうだが》
あくまで今の状況ならばそうなるが、しかしこんな小娘に呼び捨てにされるのはさすがに俺のプライドが許さない。
「それに自分の子供に様付けなんておかしいでしょう? いいじゃないですか、呼び捨てで」
《だめだ! ふざけるな小娘!!》
「しょうがないですね、じゃあリュウちゃんで!」
いや、なんかもう馬鹿にしてるだろそれ。
《わかった妥協しよう。せめてリュウさんにしろ》
「えー他人行儀ですよぉ! かわいいですよ? リュウちゃんっ!!」
《だ・め・だ! リュウさん!!》
「はぁ~しょうがないですね。私も折れます。ではリュウ君で!!」
リュウ君か……ギリギリ許容範囲だな。
《わかった、それでいい。ちなみにお前の名前もまだ聞いていなかったな。どうでもいいことだが呼ぶときに不便だから聞いておこう》
「どうでもよくないですよ! ちゃんと憶えてくださいね。私の名前はユーティア。ユーティア・シェルバーンです」
少女はお腹に手を当て、子供に言い聞かせるように続ける。
「あなたのお母さんの名前ですよ。よろしくね、リュウ君!」
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