第6話 俺の名は 1
「ううっ……ひどいですぅ……」
《いつまで泣いてる気だお前は?》
少女を
教会の鐘が鳴ってから10分ほどの後、少女は(もちろん俺も一緒だが)教会の外に出ていた。
あの後混乱した少女が礼拝堂を右往左往するばかりで収集がつかなくなったので、俺が外に出て落ち着くように促したのだ。
教会の脇にはテラスがあり、木製の机とベンチが置かれていた。
今少女はそのベンチに座って、井戸で汲んできた水をちびちびと飲みながら心を静めるよう務めている。
しかし彼女はいまだ自分の置かれた状況に戸惑っているようだ。
まぁ当然といえば当然だろうが。
《それにしても……すんげぇ田舎だな》
教会を出てまず目に飛び込んできたのは、この絵に描いたような牧歌的な風景だった。
見渡す限りのなだらかな草原。
申し訳程度に小さな建物が点在しているものの人影は見当たらず、代わりに家畜と思しき動物が各所で牧草を貪っている。
まるで都市開発ゲームの最初期段階のような光景だ。
この教会はそんな空虚な場所にポツリと建っていた。
レンガ造りのこの建物は、あちこちが
教会の横には二階建てで長方形の、やはりレンガ造りの建物が併設されている。
等間隔に窓が並んだその建物は、どうやら居住施設のようだ。
教会の正面には広めの庭があって、脇の花壇には色とりどりの花が咲き誇っている。
この殺風景な景色の中で、唯一と言っていいほどに生彩を放っているのがこの花園ときた。
日本に住んでいた俺からしたら、まさに時が止まったかのような世界。
なにせこの静止した世界の中で唯一せっせと動くのが、水平線まで続く真っ青な空に浮かぶ白い雲なのだから。
その青い空の頂点近くには太陽が輝いている。
この世界の時法の仕組みは不明だが、おそらく正午近いということなのだろう。
同じくこの世界の気候も不明だが、今は春先のようなやや湿り気を帯びた暖かい風が時折頬を撫でてくる。
極寒の氷雪地帯や灼熱の砂漠に転生しなかったことは幸いと言えるだろう。
コトンと、グズりながらも水を飲み干した少女は木製のカップを机上に置いた。
《少しは落ち着いたか? 取り乱すのは仕方ないが程々に頼むぜ。今はお前一人の体じゃないってことを理解してほしい》
俺の言葉に少女はゆっくりと頷く。
「その……まだ完全に納得できているわけではないんですが、状況的に見ればたしかにあなたは私のお腹の中にいる子供なのかも……しれないです。これが夢でないとするならば……」
少女は自分の頬をムニッと
おぉ! 俺が想定していたよりは適応力があるな。
やっぱり魔法がある世界だから、この異常現象も受け入れやすいってことなのだろうか?
《話が早いのは助かるぜ。俺がこうしてコンタクトを取ったのも、まずは認知をしてもらうのが目的だからな。おまえはまだ若いし不安も多いだろうが、まぁ何とかなるさ……たぶん》
「わかりました!!」
少女は突然立ち上がると、中空を仰ぎ見ながら何かを決意したように胸の前でギュッと両手を握る。
「これはきっと、エイシス様が私に課した修練なんですよ! あなたを立派に育て上げることで、私自身も成長せよとの主の思し召しなんです! そのためにエイシス様は私の身にあなたを宿されたのでは? いえ、そうに違いありません!!」
少女はまるで吹っ切れたようにテンション上げつつ早口でまくし立てる。
はぁ――――っ???
まだこの女はそんな馬鹿げた妄言を吐くのか?
《往生際が悪い! あんのな、その神の話なんてどーだっていいんだよ! 俺が知りたいのはお前がSEXした相手! つまり俺の父親が誰かってことだ! いい加減に白状しろ! 相手は誰だ? そいつにも認知させるぞ! 養育費を払わせるぞ!》
そう、この少女だけでは懐が心許ない。
安定した育児環境の構築のためには、責任の所在をはっきりとしておくのは必須!
「だ、だから覚えがないって言ってるじゃないですかぁ! 男女の、その……営みで子供ができるということは知っていますが……」
カーッと、直に見えるわけじゃないが、少女の顔が火照っていくのが体感でわかる。
「でもでも、そういう行為が無くても子供ができるというケースもあると思うんですが……」
《なーいーでーすぅ! この世界のことはよく知らないが、お前はそんなの聞いたことあるのか? ないだろう? 子供作るのにはSEXが不可欠なの! ドゥユーアンダースタン?》
「ええっ!? でも心当たりが無いものは無いですよぉ!!」
俺の執拗な問い詰めを受けて、少女は人差し指の先を突き合わせてイジケ始める。
どうやら本当に身に覚えがないようにも見えるが……
そういえば、この少女は今月の月経がやや遅れていると言っていたな。
だとすると妊娠の初期も初期、卵子が細胞分裂し始めたあたりとかじゃないのか?
それならこの少女のお腹が膨れていないのも納得だが、そんな状態で大丈夫なのか俺?
とはいえ、それなら行為の時期も絞られる。
《ひと月だ……ここひと月ぐらいで男と密室で二人きりになったり、濃密な接触をしたことがあったはずだ。何らかのショックで記憶が曖昧になっているのかもしれない。よく思い出してみろ》
「密室……? 接触……?」
少女はムムムと顎に拳を当て俯く。
「あっ! もしかしてあの時の!!」
《あるんだな、心当たりが?》
「はい……このひと月で男性と密室で直に接触したのはあの時だけ。きっとあれが原因です!」
少女は微かに震えた声で回想を始める。
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