第5話 ファーストコンタクト 2
《娘よ――》
「えっ?」
少女は祈りの姿勢のままハッと顔を上げると、キョロキョロと周囲を見回す。
どうやら声は届いたようだ。
この魔法の効果からすると、耳に聞こえるというよりは頭の中に直接響くように俺の声が届いているはずだ。
「だれ? またローザの悪戯? ううん、でも今はここには居ないはずだし……」
少女の透き通るような声が静かな礼拝堂内に反響する。
しかし……だれと聞かれて何と答えたらいい?
話しかけといてなんだが、まったく考えていなかったな。
ここは正直に事情を話すべきか?
しかし話したところですんなり信じるとも思えない。
どうやってこの状況を理解させるかまでは考えてなかったな。
いささか行き当たりばったりが過ぎただろうか?
《俺は……その……なんと言うか……常にお前の近くに居る者だ》
嘘をつくと後々ボロが出やすくなる。
ここは抽象的な回答をしておくのが
「常に私の近くに……ということは、天神エイシス様でございますね! 私のような未熟者の祈りに応じてくださるとは! 身に余る光栄に存じます!」
少女は地に頭をこすりつけるようにして平伏する。
エイシスってなんだ?
この目の前の聖像の――少女が崇めてる神のことか?
なんか盛大に勘違いされてしまったようだが……まぁいい、このまま神を気取った方が話が早そうだ。
《ククク……その通りだ娘よ! 我こそは天神エイシス! この世界の絶対的支配者なるぞ! この世の全ては俺様の所有物! この世の全ては俺様に跪くのだぁ! さぁ我を崇めよ! 称賛せよ! あーっはっはっはああっ!!》
「………………えっ……と、はい、天神エイシス様の英名はこの国にも広く轟いております。よもやこうしてお言葉を掛けていただける日が来ようとは……その、
その言葉とは裏腹に、少女は抑揚の無い声で称える。
……なんだろう? ノリがイマイチだな。
我ながら無難に神を演じたつもりだったんだが、やはり無理があったか?
ここは素で会話を続けた方がよさそうだな。
《面を上げて楽にするがいい。それより今日はお前に尋ねたいことがあってこうして話しかけたのだ。正直に答えてくれるだろうか?》
「全知全能のエイシス様が私如きに? 無学故ご期待に沿えるか心許無くはありますが、私めがお力になれる事でしたら何なりと」
面を上げろと言ったのに、少女は再び地面に着くほど頭を下げる。
《いやいや、そんなに小難しい話じゃないからさ、とりあえず一つ答えてくれるかな?》
「はい! エイシス様!!」
《お前さ、最近いつSEXした?》
「え…………………ええっ!???」
少女は素っ頓狂な声を上げる。
《ええ? ええとは何だ? それが答えか? そんなわけないよな? 俺の質問は極めて単純明快なはずだぞ? 正確でなくともおおよそでよい。最近いつSEXしたのか訊いているのだ。正直に、誤魔化さず、はぐらかさず、嘘偽りなく報告するがよいぞ》
「あっはい! ……って、えっと、えっと……」
少女は視線をあちらこちらに泳がせた挙げ句に黙り込んでしまう。
少し膨らみかけた小振りの胸の前で、手の指をもじもじ絡ませながら。
《何をうじうじとしている? もしかしてSEXという呼び名では通じてないのか? ほらアレだ、男女が全裸で組んず解れつするアレだ。言い換えるなら交尾、性行為、夜伽、肉体関係、ベッドイン……》
「あっ、あの……エイシス様、質問の意味が理解できないというわけではないんです。その……だ……男女の間でそのような行為が行われるということは存じています。ただ、なにぶん私は若輩者ですし、何よりあなた様に使える身ですので、そのような経験は身に覚えがありませ――」
《嘘をつくな!!》
「ひえっ!!」
咄嗟に出た俺の一喝に、少女はビクリと身を
《娘よ、俺は神だぞ! だから何でもお見通しだ! お前がその恵まれた容姿で男をたぶらかし、日夜肉欲に
次第にイライラが募ってくる。
こんな可憐な少女となんてうらやま……いやけしからん話だ!
「ご、誤解です! そ……そういうのは私にはとても縁遠い行為ですし、なにより神の御前で嘘偽りなど申しません!」
《縁遠いもなにも、行為の結果がすでに出ているではないか! お前の腹の中の子はどう説明するつもりだ?》
「お腹の……中の?」
少女は自分の腹部をさする。
「今朝食べたサラダに何か付いていたでしょうか?」
《俺はアブラムシか! 虫じゃねーよ! 人間の、というかお前の子供、ベイビーが居るって言ってるんだよ!》
「わっ……私の子供!? そんなはずは……そもそも私はまだ14歳ですよ?」
《歳など関係無いだろう? いや関係無くはないが、妊娠可能な年齢ではあるだろう? なにより当の本人が主張しているのだ、間違いなど無い!》
「本人? 本人とは……どういうことでしょうエイシス様?」
少女は人差し指を口元に当てながら首を傾げる。
ムム……勢い余って墓穴を掘ってしまったか。
しかしどのみちそろそろ俺の正体を話したほうがよさそうだ。
この察しの悪い少女相手に正体を隠したままでは話が進まない。
《あ~娘よ、正直に白状してしまうと、俺はそのエイシスとやらではない。何を隠そうお前の腹の中に居る子供なのだ》
「あなたが……子供? 私の??」
《そうだ、訳あって今は魔法を使ってこうしてお前に語りかけている。にわかには信じられないかもしれないが》
「魔法……ですか? 思考を送る魔法があるという話は確かに聞いたことはありますが……」
少女は魔法というワードにまったく動じる様子が無い。
《なに? 魔法が……あるだと? ここはいったいどこなんだ? 日本ではなさそうだとは思っていたが、ヨーロッパですらないのか?》
「にほん……よーろっぱ? 聞いたことのない地名です。ここはアスガルド王国の西端にあるルーベル村ですが……」
アスガルド王国……だと? それこそ聞いたこともない。
知らない国名に魔法の存在。
まさか、まさか……
いわゆる異世界……ってやつなのかここは?
「それより私にはあなたが私の子供だということが信じられません。いつも以上に手の込んだローザの悪戯ですよね? だとしたらちょっと悪趣味だと思います!」
少女はちょっと拗ねた様子。
俺が神ではないと確信したためか、その口調も砕けたもの――おそらくは少女本来のものに戻る。
《ちっがーう! マジもマジだっての! 現に今この場には他に誰も居ないだろう?》
「それは……確かにそうですが……」
少女は周りを見回すも、礼拝堂には少女以外の人間はいない。
念を入れて長椅子の下まで覗き込むものの、もちろんそんな場所にもいるはずがない。
《今俺は触れた対象と感覚を同調する魔法でお前と繋がったうえでこうして語りかけているが、今お前の体に触れている生物が他に居るか? 居ないだろう? 服ごしではなく肌に直接だぞ?》
「えっ? え……と」
少女は服の隙間から手を差し入れ体のあちこちを触るものの、もちろんそれらしい生物も居ない。
俺が虫などに転生して付着してる可能性も考えなくはなかったが、どうやらそれも無さそうだ。
《おわかりいただけただろうか? 直接触れている存在が外側に居なければ内側に居るとしか考えられない。そしてお前の体内に居る知的生物など、胎児以外にありえないだろう?》
「そ、それは……でも胎児がこうして魔法を使って会話をするというのは普通はないですよ?」
《わかってるっちゅーの! しかしそう考えるのが最も合理的なのだ。きっと俺が特別に有能なのだろうよ。良かったではないか、お前の子供は将来有望だぞ!》
「ええっ!? そ、そんなこと急に言われても……。きっと何かの間違いですよぉ!!」
少女は握りしめた小さな両拳をブンブン振りながら抗議してくる。
頑なに認めようとしないとは、なんとも強情な娘である。
《ちなみに娘よ、最近月のものが来てなかったりはしていないか?》
ギクリ――と、一瞬少女の体が硬直する。
まさに核心を突かれたと言わんばかりに。
「な……なななんでその事を!?」
《図星か》
「えっと……はい。今回は少し遅れてるのかなと思いつつ、もう一週間程も経過していま……す……が……」
俺の主張に事実の裏付けがピタリと
その現実に少女の声が震える。
《ククク……それは決定的だな。これで証拠は全て揃った。もはや確定と言えよう!》
「え、ええ? 嘘ですよねぇ!?」
《嘘ではない! お前も聖職者なら真実を素直に受け入れるがいい!》
「そ……そんな……嘘、うそ……」
《つまり、決め台詞的に言うとこうだ! お前、孕んでるぜ!!!》
ゴォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオンン――と、教会の鐘の音が鳴り響く。
まるで俺の推理の決定打を演出するように。
《フッ……決まったぜ!!》
「決まってませぇええええええん! ふぇぇええええん!!」
少女は大粒の涙をボロボロ流しながら泣き出した。
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