第4話 ファーストコンタクト 1
よもや自分が生まれ変わって胎児になっていようとは。
これも神の悪戯なのか?
まったくもって悪趣味なジョークじゃないか。
俺は豆鉄砲を食らった鳩のようにしばらく思考を停止させていたものの、次第に平静を取り戻す。
……まぁ待て、しかし悲観的になる状況ではないはずだ。
いやむしろ、もしかして、これは大いに喜ばしいことではないのか?
なにせ一瞬前まで自分は地獄に落ちたと思い込んでいたわけだからな。
そりゃもう絶望のドン底のさらにドン底!
それに比べて生まれ変わって胎児でしたってのは、雲泥の差でのナイスな環境!
おまけに母親は優しそうな美少女ときたもんだ。
あの子なら子供を虐待したりはしないだろう。
そう! 当たりだ!
今度は当たりを引いたのだ! 大当たりだ!
前世で無残に殺されたのは口惜しいが、それも今となっては怪我の功名。
まさに浮世の苦楽は紙一重というやつだ。
これはあれだ!
前世が悲惨だった俺に、神が気を利かせたに違いない。
早々と生まれ変わって次は順風満帆な人生を送れとな。
どうやら神は俺が思うほどの冷血漢ではなかったらしい。
ぶん殴ってやるなんて思って悪かったぜ。
しかも今回は魔法まで使える特典付き。
このハイパースペックを備えた俺の勝ち組人生は、もはや約束されたも同然ではないか!
クックックッ、この力の前では誰もが
もう誰にも好き勝手はさせない!
今度は俺が欲しい物を好きなだけ手に入れる人生の到来だ!
地位も名誉も金も女も思いのまま!
俺の頭の中でパチパチパチと軽快に
あぁ愉快愉快! なんだか生まれるのが待ち遠しくなってきたぜ!
…………だが何故だろう?
先程から何か肝心な事を失念しているような気がしてならない。
例えるなら上着のポケットにスマホを入れたまま洗濯機に放り込んだみたいな、致命的な見落としをしているような疑念が拭えないのだが……
う〜ん……何だ?
…………そうだ、あの……少女。
鏡に映った少女の姿が思い出される。
少女のお腹は……膨れていなかったよな?
妊娠しているにしても、まだかなり初期段階なのだろうと思われる。
ということは……だ、もしかしたらまだ自分が妊娠していることに気が付いていない可能性もあるんじゃないのか?
もちろんいずれ気付くだろう。
しかし自分が身籠っていると自覚した時に、あの若さだ……必ずしも生むという選択をするだろうか?
もし生まないという選択をした場合、俺はどうなる?
……どうなるって、そんなのわかりきった話だよな。
………………………………
ま……マズイ! マズイマズイぞこのままじゃ!
致命的というのが比喩では無くなってくるではないか!
ようやく手に入れた安堵も束の間、急激に焦燥感が沸き上がる。
彼女がどのような経緯で妊娠に至るのかは不明。
だが何としてでも安穏無事に俺を生んでもらわなくてはならない。
絶対にだ!!
さもなくば今度こそ地獄送りになるかもしれないし、仮に転生できたとしてもまた劣悪な人生に逆戻りしかねない。
せっかく引き当てた大当たりのガチャ!
ここで逃す手は無い!
そのために何としてでも彼女にコンタクトを取って、俺を生むように説得する必要がある。
コンタクトを取る――
まぁ簡単な話だ、一般人ならな。
しかし今の俺は胎児。
胎児の俺に、どうやって母親とコンタクトを取れっていうんだよ?
ムリゲーじゃん?
打つ手なしじゃん?
詰んでるじゃん?
って
普通ならな。
しかし今の俺様はちょっと違うぜ。
なにせ今の俺は様々な魔法を持つ大魔法使いだからな。
そう実の所、当てがあったりする。
先程色々試してみた無詠唱魔法だが、その系統に念話の魔法があるのだ。
念話――特定の対象者に思考を送る魔法。
いわゆるテレパシーというやつだ。
おまけに今使っている同調の魔法を持続したままでも使うことができるようだ。
この念話の魔法を使えば、今の俺でも少女に呼び掛けることができる……はずだ。
俺は魔法の知識は与えられているものの、それは実践に基づかない。
本当に効果が発揮されるかは使ってみなければわからないが、このまま座して死を待つよりはマシだろう。
幸い今少女はこの礼拝堂に一人。
祭壇前で床に両膝をつき、祭壇中央に据えられた聖像に祈りを捧げるという無益な行為に
チャンスだ! やるなら今しかない!
だが焦らず、慎重にやる必要がある。
事が事だけに現状を知れば相手も驚くだろうし、今後の事を考えれば好印象を持ってもらう必要がある。
心象を悪くして逆に堕胎を決意されでもしたら元も子もない。
やっぱり第一印象って大事だからな。
よく考え、言葉を選んで話しかけなくては。
ただ……もう一つ問題がある。
それは言語をどうするかという問題だ。
ここがどこなのかは依然不明だが、この少女に日本語が通じるだろうか?
かといって英語なら通じるという確信があるわけでもない。
意味不明の言語で話しかけようものなら、パニックにさせてしまうかもしれない。
そう悩んでいた時、少女の瞳に聖像の台座が映る。
そしてその台座には、ある言葉が刻まれていた。
『我々は光を目指さなければならない』
それは日本語でもないし、英語でもない。
初めて見る文字だ。
だが俺はその文字を読むことができた。
それは先程魔法の知識を得た際に、同時に複数の言語の知識も与えられたからだ。
その中にこの台座の文字に該当する言語があったのだ。
どうやら俺が得た魔法は世界に満ちているマナと呼ばれるエネルギーを利用するものなのだが、時代や地域によって呪文の一部をその時その場所で使われている主要言語に変換する必要があるようなのだ。
もちろんその知識も魔法の呪文と同時に与えられたので、使う時には問題にはならない。
そしてその言語の知識を得た俺は、同時に会話をすることもできるようになっている。
つまり俺はすでにマルチリンガルになっているというわけだ。
とりあえず、この文言で使われている言語を使って話しかけてみるのが無難だろう。
覚悟を決めた俺は少女に注意を向け、念話を送ってみる。
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