第二十六話 転換と再開
羊が広場を駆け巡り、そして羊の一人である俺は見覚えのある顔の破片を見つけた。おお、これは確か、羊大王であるメェーメェールが捕まえられなかったと言われる大泥棒の銅像の壊れた一部だよな。
思えば俺は、今まで羊生を過ごしてハードルを見たことはなかった。なぜなら羊は草を食べて過ごすのが日常だ。毎日腐る程草を食べて、大きな草原でぼーっとしてダラダラ生きて、最終的にはよさげな女羊を見つけて仲良くして一生を終える、そんな事を考えていた。
しかしある日俺は偶然見かけたすごい悪いことをする羊に感動した。
そう、彼は仁義を貫き、そして決め台詞はいつもかっこいいことを言っていた。そこから俺は彼に憧れて真似をしていたが、どうやら彼はあまりいいことをしておらず、大泥棒となった。
「メェ~小嶋羊よ。はやく起きるのだ」
しかしそれでも俺は憧れて、やがておれは――
「起きろ!起きて!」
熟睡していた俺はサンゲーノに起こされた。
「ん、な、何だよお前もうちょっと寝かせろよ……」
布団の上で無理やり起こそうと俺の体にまたがって強く揺らしてくる。
「違う違う!気づいたらこの街に大火事が起きたの!外見てよ!」
「はあ?俺は魔導具を爆弾だと思ってたのにそんなことが――」
窓の外を見ると、薄々みえる昨日いた都市には火災が発生しており、例えるなら江戸の大火事のようだった。いや、これは例えになってないな。まあすごい火災だ、うん。煙がもくもくと空に盛り上がり、太陽が見えないほどそれらが黒く広がっていた。
「これ、何が起きてるんだ」
「早く宿から出よう!」
「お、おう」
俺は机に置いたイザベルお手製のフードと仮面をつけて、荷物をしっかりと確認して、急いで宿から出ようとする。偶然近くにいた今から戦闘に向かうと準備していた兵士がいたので、念のため話を聞いてみることにした。
「こんにちは、兵士さん。ここ一帯で何が起きたんですか?街がすごい燃えてますが」
「旅の人ですか?今ナフダデイでは火事が起きていて、それで私たちが鎮圧に向かっています。聞いた話によれば、逃走中の火の魔術師が燃やしたそうだですよ。」
「そうなんですね」
脱獄犯を捉えようとしたら逃走して街を燃やされたのか、恐ろしい話だ。ちょっとまて、ナフダデイってどこなんだ?地味にきいたことないぞ。
「くぅ、初代魔王を倒した国だというのに犯罪者すら捕まえられないのか!」
「あの、ナフダデイってどこですか?」
「ああ、それはここ一帯の名前のことですよ。ホイムス家の支配する土地です。外出するなら気をつけてくださいね。火の魔術師は近頃街で有名な破壊組織である過激派のコジマの一員ですので、この前捕まえましたが逃げられたようです」
兵士はその後そそくさと木箱の上においていた、鉄の装備を体に身に着け宿を離れた。
は?
いやいや、なんだよこれ。
話の内容からして、火の魔術師はシリエルで、コジマというのは俺関連の誰かがやったことなのだろうか、しかし俺の知り合いが急に無関係な人を巻き込んで人の領地を燃やすとは簡単には思えない。やっぱり似た名前のなにかだろうか?
そしてこのあたりに来てまだ数日しか立たないうちに俺の名前を冠した過激派が出るのもよくわからないし、その逃走犯がすぐに逃げ切れたのも理解できない。この国では一体何が起きてるんだ?
俺はこの短いながら情報量の多い話を聞いて唖然とする。
しかし、コジマか……俺はチーム名とか決めてなかったから何を名乗るべきか考えていたのはあるが、そういうのを踏まえると本当にシリエルの可能性が出てくるな。
「すごいびっくりしてるね。もしかしてこの逃走犯を知ってるの?」
ずっと背負っていたサンゲーノを見るとニヤニヤしながらこちらを向いている。
なんで彼女を背負っているかは特に気にしないでほしい。だって彼女はなぜか普通に歩けるのに背負ってほしいと駄々こねるので仕方なく背負っていた。異世界行く前ならできなかったが、今は色々と練習していたので筋力がついたらしい。
「ああ、そうだ。急いで様子を見に行くぞ。本当にその逃走犯が俺の知り合いの可能性がある」
「ええ?君の知り合いって人の土地を勝手に荒らし回るような魔族みたいな人なの?最低だよ。こんな人と仲良くしてるとは思ってなかった!ひどい!ひどすぎる!」
サンゲーノは自分の事を忘れたかのように俺を蔑むような目で見つめる。いや、お前も魔族だろ。
「お前のほうがひどいだろ。なんで自分が魔族なのにそういう事言うんだ」
「へへ、じゃあ早く見に行こうよ。私は君のそういう仲間が気になるな」
俺はサンゲーノをもう一度背負いなおして、火災が起きた領地に向かうことにした。
「そうか、なら急ごう」
◇ ◇ ◇
ごうごうと鳴り響く火が色んなところに燃え広がり、木で作られた小屋は全て粉のように散り、満ち引きをする海のように燃える火事が目前にあった。立ち入れないとは言えないが街には到底入れなく、シリエルを探すことを諦めようかと少し考えたくなる。
「ひどい有様だこりゃ」
「私が君を手伝おうか?」
「え?魔族って火を消せれるのか?」
「いや、そうじゃなくて。君を背負って飛ぶんだよ」
そう言って彼女は背中から降りて、昨日見せた魔族の形態を見せて翼を大きく広げた。
「ああ、それか。ってここでその姿大丈夫なのか?」
彼女の形態にちょっと俺はあたりを見て警戒する。魔族って見られたらまずいものだよな。
「うん。ここだと誰にも見つからないからさ。ほら、いくよ」
俺はサンゲーノに親鳥が小鳥を背負うような形で持たれて、この熱くて煙ったい大きな空を飛んだ。
「すげえ、これが空を飛ぶっていうことか」
俺は初めて世界を飛んだ兄弟を思い出してその気分を体験しようとしたが、ちょっとここの空気が良くないため、これはうれしいようでうれしくなかった。
「苦しそうだね。あ、あそこに戦闘中の魔術師いるよ。あれじゃないかな?」
しばらく飛んでいると彼女はこちらを一度見てクスクスと笑った。そして近くにあるいい感じの場所を見つけて俺たちは降り立つ。
「じゃあ見に行くか」
「ここでもよくない?」
「いや、ちょっとここの空気が悪いから」
俺たちは建物の物陰から奥にいる戦闘中の魔術師を観察した。どうやらあれはさきほど俺たちが話したような兵士と戦っており、どうやって兵士たちがここまでやってこれたか分からないが、なにか理由があるのだろう。
そしてその魔術師を観察すると、黒く長い髪を伸ばしていて、白く染ったドレスの伸びたお嬢様らしい服装ではないが、同じく白いが動きやすく服がカットされたドレスの短縮版? のような服で剣を持って戦闘をしていた。なんとなく雰囲気はシリエルに似ている。
「あれ本当に知り合い?」
「ああ、きっとそうだろう。一回戦闘が終わるのを待ってみようか。念のためサンゲーノは後ろで見ておいて」
このあたりの空気は宿で見ていたときより火が落ち着き始めており案外空気を吸えるような状態になっていた。
ほんとうにシリエルかもしれない。と戦闘が一段落付いた頃に俺は彼女に接近してみる。
「そこに先程から隠れていたのはどなたかしら?」
そうすると彼女も同じくこちらに接近していた。
「ちょうど向かおうと思ってたが、まさか気づいていたとはな」
彼女の雰囲気からして今にでも攻撃しそうな勢いがあったので、俺は急いで仮面を外してみせた。
「はは、舐めてもらっては困りますわ。しかし魔族を――あ、あら小嶋殿ではないですの。久しいですわね」
彼女は剣をこちらに向けて戦おうとしたが、仮面を外したこちらの顔を見て剣をおろした。
「ああ、久しぶりだな」
服装は変わっていたが、彼女はシリエルだ。
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