第二十一話 過去と今[ネーヴェ目線]
「はあ、はあ……私の家族はどうなったの?私の親戚は?国民たちは?」
気づけば私は、全てが雪と氷に塞がれた、ツンドラとも言える大きな荒野に立っていた。
「あれ?嘘、ですよね……」
記憶にない空虚な場所で一人立ちつくす。
「記憶が不定かだけど、確か執事が魔族で、それで私は戦闘をした」
頭を抱えて必死に思い出そうとする。
「だめだ。ちょっとしか覚えてない」
前に進むしか道はなく、私は雪と氷の荒野の中を歩いた。
「ウッ、ケホッゲホゲホ」
突如咳き込む。私は服を噛んで咳があたりに散らないように気をつける。
顔を服から離してふと見ると、そこにあったのは服ではなく泡が混じる真っ赤に染まった血だった。
「あれ?吐血するぐらい私は疲れてたのでしょうか」
少し疑問に思っていたが、前方を見るとそこに王宮のようなものが急に見え始めた。
王宮の上には竜が飛び乗り、下にある王宮に向けて氷の息吹を吐いていた。周りには大量の兵士が恐怖を覚えながらただ竜の動きを見届けていた。
「ん?幻覚?どうして急に目の前に王宮……が?」
そのまま私は脱力し、地面に倒れ込んだ。
◇ ◇ ◇
意識を取り戻すと、私は首と手、足に鎖が巻かれていた。
今のは夢だったのだろうか――
「お、やっと起きたか嬢ちゃん。暇だから俺の話に付き添ってくれよ」
少し嫌な匂いが漂う服の汚れた男が同じように縛られて少し距離の置かれた場所にいた。
「誰ですか?」
「気にしなくていい。ただの権力争いに負けたじじいだ」
手を動かせないので男は腕でもじゃもじゃと乱雑に生えた髭を頑張って整えようとする。
「そうですか。ここは?」
「リレイネーク王国の奴隷オークション場だ。ここは八大官の一人、ギート・ホイムスっていう男の支配地らしい」
「へえ、そうなんですね」
八大官が何なのかわからないけど、どうやら私は奴隷になったようだ。
「でも、それならこの牢獄はなんですか?」
「きっとオークションにかけられる前の待機場だろう。はあ、王になれなかったら売り飛ばされて一気に下民に格下げか、悲しい人生だのう」
「あ、それはわかってます。疑問に思ったのがこの鎖の拘束はそこまで強くなく、すぐに外せるレベルなんですが」
私は立ち上がって男に手錠が外れたことを見せる。
「ん?嬢ちゃんはここに送られてるから貴族のものかと思っていたが、魔導師じゃったのか?」
「いえ、どっちもやってます」
「そうか、なら魔力量が高いから通常時でも外れるのだろう。だがそれはつけておくことをおすすめする。もし君が格の違う魔導師だとバレればきっとこんな拘束では済まないだろう」
「ああ、ごめんなさい」
手錠に氷魔法を充填させて、一見手錠がかかってるように見せる。
「器用だね。まあオークションまで時間はあるだろう、雑談でもして暇でも潰さないか?」
「そうですね。そうしましょう」
男と少し雑談をする。この男は三男で国家を変えるべくクーデターを起こしたがその目論見は失敗し、罰として奴隷送りにされたそうだ。じゃあ、私はどうしてこんな場所に来たのだろう。
「おい、二人共。準備は出来た。出ろ」
看守が中へ入り、体にかかっていた全ての鎖を外されて外に並べられる。
そしてオークションにかけられることになる。
私は貴族の出身だったので大した値段をつけられず、聞いたこともないような国のちっぽけな田舎の貴族に仕える事になった。男の方は色々研究をしていたようで、学校を運営する者に買われていった。
◇ ◇ ◇
「ヴァガイナー男爵、お子様の訓練の調子は良好です」
私は男爵に好かれて、みるみるうちに女執事という地位まで上り詰めた。皮肉にも魔族と同じ地位だが、そんなことはおいておこう。
そして私は今、男爵の息子の戦闘訓練の手伝いをしている。もちろん本気は出していないし、手加減して息子と同程度ぐらいの威力でぶつけあっている。
「そうか、さすがプリンセスだった女性だ。野蛮な息子を教育してくれてありがとう。おかげさまで君を師と呼ぶほど従っておりむしろ君の話じゃないと聞かないレベルになってしまった。困ったもんだ」
執務室にいる男爵はタハハ……と苦笑いしながら身の上話をする。
「お褒めの言葉、ありがとうございます。しかし私めにもまだ不足があります。時々息子はサボりぐせがあるのか課題をすっぽかして遊びに出かけます。その件をどうにかしてほしいと」
「はは、それぐらい気にしないでくれ。せっかくの休暇ができたと思ってこの屋敷の図書室で本でも読むが良い」
男爵はニコニコしながら読んでいた本を片付ける。
「心遣い感謝いたします。では、報告は以上です」
「うむ。ご苦労だった」
お辞儀をして部屋から抜ける。まあこんな生活も悪くないだろう。
プリンセスではなくなった私をここまで良い待遇で扱ってくれるのは私としてはありがたかった。そして一層この執事としての仕事をがんばってみることにした。
でも、そんな気軽な日々は続かなかった。ある日男爵はミスにより王国に罰せられることになり、その男爵の配下にあった奴隷は全て王に仕えることになった。私は環境が少しでも良くなればこれでいいかもしれないと思ったが、そんなことはなかった。
王ははじめ優しい態度で対応していたが、それから会うたびにセクハラまがいのことを行い、はじめは頭、次は背中といったようにそのレベルは徐々に強くなっていった。そして今日は初めて寝室に呼ばれた。
なんとなく察した。きっと王女に最近見向きもされないから私に手を出そうとしている。
呆れた私は殺意を心に秘めながら寝室へ向かう。
「ようやく来たか、ナバルタちゃん。会いたかったぞ、有能でかわいい愛しのナバルタちゃん」
王はその大きな腹を叩きながら今か今かと私を舐め回すように見る。ちなみにナバルタとは身分を隠すために適当に考えた名前だ。気にしないでほしい。
「はい、今日はどのようなご要件でしょうか」
「ほっほ、わかっておるくせに。王の御厚意で君に子供を授けようと思ってる」
いやらしい笑みを浮かべて私の体のいたるところを見つめる。うわ、気持ち悪い。
「用がないのでしたら、立ち去らせていただきます」
礼をして部屋から抜けようとすると、鍵がかかっていた。ああ、きっと他の人が出れないよう締めたのだな。
「鍵は閉めてる。こっちにこい、そんなに嫌ならやめるよ。変なことはしないから、ただ男爵の話をしたいんだよ」
「そうですか、ならお供します」
男爵の話は気になる。処罰したのを聞いたぐらいしか情報はない。一体あれから何があったのだろう。
ベットに座り、王の傍で話を聞く。王は慣れさせようとしているのか、何度も私の背中をさすっていた。
「男爵を殺すのは可哀想だから、小さな島に流刑することにした」
「そうなんですね。ちなみに男爵はどういう罪でそうなったのですか?」
「気分じゃ。可愛い嫁と奴隷なんて連れておってうざったい」
「……」
言葉が出なかった。お父様を長い間見てきたからこういう王の思想は理解できない。
「まあよい、ほらようやく触れるぞ」
王はいきなり私の胸を掴み、そのまま強くがっつくように触る。
私は怒りが体に一瞬で溢れだすのを感じてそのまま王を凍らせた。
「いい加減にしろ」
また、こうなった。
その後、私は転々と雇い主を替え、魔力の一時的な暴走によって何度も雇い主を殺してしまった。どこかで私の怒りに達する限度が低くなってしまったのかもしれない。
親を失った場所でもある母国を見つけれないまま、マーヤマ王国の奴隷市場到着した。今思えば、これで良かった。
「――これが私の生い立ちです。こう話してみると意外と色々思い出せますね」
私は机の上に並べられた料理に舌鼓を打ちながら、新しい雇い主でもあるコジマという人とつまらない思い出話をしていた。
「へえ、奴隷生活も大変だったんだな。でも意外だ、思ったより奴隷って自由なんだね」
「あなた、奴隷商人なのにそんなことを言うんですか?」
「いや、ただの肩書きであって一度も売ったことも買ったこともないよ」
「私のこと忘れてますか?」
「あ、ごめん。忘れてた」
その男は呆れるほど適当なことを言うし、他に出会ってきた人の中ではかなりふざけた人だ。
「でも、何にも縛られなくて素敵です。ほら、悪役生活を頑張りましょう」
「そうだな。悪役になるぞ」
悪役って、なんだそれ。最初は意味がわからなくて逆に興味が湧いたからついて行くことになったけど、今は次第にただ意味のわからないことの先を見ていきたくなった。そういえばお父様もこんなふざけた話をいつもしていた気がする。
「って、レアたちどこに行ったんだろうな。ここがリレイネークならどこで会えるのか?」
「きっと会えるでしょう。でも会えないのも逆にいいと思えませんか?」
「確かに、知らない人とかと仲良くなれるチャンスだ。現にネーヴェといっぱい話して色々知れたからな」
レストランの会計を終え、ともに帰路についた私の顔から笑みが思わずこぼれた。
「はい、そうですね」
この束の間の平和が崩れませんように
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