第四話 奴隷商人としての初仕事?

 街の外れにある手入れの少ないちょっとした暗い森についた俺らは、その、魔法とらやらを教えられる魔術師を探すために森の中をのそのそと歩いた。



「一旦この辺りで休憩しよっか、ここまでずっと歩いてきたんだし、疲れたでしょ?」

「うん、そうしよう」


 適当なちょっと月明かりが射し込む空き地を探してそこに座らずにしゃがむ。レアは普通に座っているけど俺は長く日本にいたから、芝生に直接に座るのは軽い躊躇ためらいがある。



「この木から変な匂いがするよね。実はこれがその魔術師のスキルだよ」

 レアは木についてあった粘り気の液体を手に取って見せる。ネバネバしてる。

「それって何の成分なんだ?」


「ただの木の油だけど、その魔術師のスキルによって分泌量がさらに増えてるの。ほら、スキルに関連した物がある場所だとスキルの威力が上がりやすいっていう話があるじゃん」


「あるもなんも、俺は異世界人だからそんな話初耳だよ」

「うう……確かにそうだったね」


 俺のツッコミに彼女はもどかしそうに狼狽うろたえる。



「そういえば、その人ってどれくらい強いんだ?」


「うーん、簡単に言えば一人で国を半壊させるぐらい強い。でも、定期的にくるこの国の公務員を気まぐれに殺したりするようなヤバい人だから気をつけてね」


「そんな人がよく生きられるな……ってかその半壊ってレアを基準に話してないか?それじゃあどれくらい強いかよくわからないぞ」


「あ、バレた?あの子行きられるのはね、実力の割に誇示したがらないから悪評はあまり強くないの」


 わざとてへっという顔をするレア。なんだその顔。



「でも国からきた公務員を殺したんだろ?」


「だいたいは奴隷街の悪評になるだけで、国からの報復は噂のおかげで来てないから大丈夫よ。でもほら、下手に報復が来ないということからして彼女の実力は折り紙つきみたいなものでしょ」


「彼女ってことは、その人は女性なのか?」

「そうだよ。髪の色は私に似てるけど目は赤いの、まあ時々姉妹みたいって言われるんだ。もちろん私がお姉ちゃんだよ?」


 レアはおそらくシリエルのような姿を真似しているのか髪を背中まで伸ばすような手の動きをする。おそらく言いたいことはシリエルっていう人の髪はかなり長いということなのだろう。


「へえ、そんなに姿が似てるんだ。じゃあどうして森なんかにいるんだ?普通に一緒にいればいいのに」


「浮世離れの自分が好きなんだってさ、意味分かんないけどね。だから今回は君の力を使って彼女を逃げさせないようにするの。たまに屋敷に遊びに来たと思えば、泊まらずにすぐ帰ったりするし」


 レアはため息をつくように手を広げる。



「そんなに気まぐれな性格をしてるのか……」

「うん、かなり気まぐれで気性が荒い。時代を間違えればきっと暴君って言われてるような人よ」

「はは……本当にそんな人なのか、ぜひ会ってみたいな」

「いや、会っちゃだめだよ。会っても彼女のすごい火属性魔法で燃やされちゃう」


 今の話を聞く限り、その女性は気まぐれでレアに似てて、火属性魔法がとてもすごいということが分かる。いきなり怒って寝てるところを狙って燃やされたりしないよな……? でもちょっとレアの誇張表現が入ってるような気がするが……



 そんな雑談をしていると、いきなり周りにある木の油脂が多く溢れ出した。



「幽霊姫、久しいですわね。」

 それと同時にどこから女性の声が響いた。



「あ、シリエル!新しい弟子を見つけてきたから、その子に魔法を教えてあげて欲しいんだ」

「私がこの前から弟子を受け入れないようにしたことを知らないかしら?帰ってくださいます?」



 話をするために暗闇から黒く長い髪を見せる、赤い目をした声の主が現れる。その姿はレアにどこかと似ており、姉妹と言われるのは理解できた。怖い雰囲気をしたレアとは違い、彼女は厳しくて優しそうな話とはどこかと矛盾した雰囲気があり、服装はレアのゴスロリ風の服と違い白く染ったドレスの伸びたお嬢様らしい服装であった。



「前まで弟子が欲しいなんて言ってたのに気持ちの変化が早すぎるよ!」

 レアがそう訴えるが、シリエルは返事をせずに暗闇へと消えた。



「とりあえず、これからどうするんだ?強行突破して彼女をむりやり仲間にするのか?」

「いや、予定通りに君が服従を使って奴隷にして」

「試しに友達を奴隷にするのか……」

「没落貴族で問題児で私の話聞かないからいいの!ほら、君もスキルを試したいでしょ」

「没落貴族なのはレアも同じのような――でも、それならどう戦うんだ?俺にはまだ異世界のいの字も知らないんだぞ」



 言い終える前にレアは目を細め、俺のことを睨んだので急いで話題を変える。



「全部私に任せて。私が首を絞めてその時に君の服従を打ち込む。それだけ」

「それだけでいいのか?」

「うん。あの子持ってるスキルに反して近接には弱いから絞めれば諦めるよ。はい、ついてきて」


 レアは手を振る。すごく強引なやり方だ……でも魔術師が近接に弱いのは定石だしなあと思いながら彼女のあとを追う。



「幽霊さん幽霊さん、あの子はどこにいるの?」


 彼女は使い魔である幽霊にあとを追わせ、それを追跡した。しばらくすると幽霊は森の近くにあった山にたどり着き、そこにある洞窟には明かりがあった。中に入ると、黒髪の魔術師であるシリエルがいた。



 俺たちが見つけると彼女は直ちに、洞窟に書いてある魔法陣に手をつけそこから油を勢いよく噴射しさせた。



「あぶない!」


 レアは俺を押し倒すようにして床に押さえつけ、俺は背中から、レアが上に乗るようにして床に倒れた。



「いてぇっ……何が起きたんだ」

「あの子は油をかけて揚げるつもりなの!だからあれは必ず避けいないとダメ!」

「そ、そうか。あぶねえな」


 揚げたあと食べたりするのかよとでも思いながら草むらに隠れていると、動かない俺たちを見かねたのかシリエルが詠唱を始める。



「火の精霊よ、私の前に立つ塞がる障壁を全てを焼き尽くしたまえ。火炎放射ファイヤスロワー!」


 彼女は詠唱を唱え終え、そして火炎を強く打ち込む。



 火は先程噴射した油に乗り、さらに火は燃え上がる。



 勢いが強く、そのまま森林が燃えきりそうな感じだ。



「ちょ、ちょっとまて。この世界ってあんなのがうじゃうじゃいるのか?」

「彼女はこの奴隷街でも強くて、この国でもひと握りの実力者だからそれは違うよ!ほら、ひとまず君が方法考えて誘導して、そのすきに私が霊で絞める!」

 俺は床から立ち上がり、レアの指示に従うことにした。



 火炎放射が一段落したタイミングで、俺は地面にある石を何個か拾い奥が見えないままがむしゃらに投げた。



 そしてシリエルは自分の放った火を抜け、そこから姿を現し火を纏った剣をこちらに向ける。



「勝ち目はない。諦めて――」

 シリエルが話を終える前に、レアの声が聞こえると、彼女は首が締め付けられるような跡が浮き上がり、そのまま床に倒れ込んで悲鳴が聞こえる。



「今、打って!」

「黒髪のお嬢様、服従しろ!」

 今回は無事に発動し、手から大量の御札の帯がゆらゆらと現れ、それがミイラを作るかのようにその子の全身を縛り付けた。



 シリエルは縛られると帯は消え去り、そのまま灯火が消えるように剣を放し、その場に倒れるようにして戦闘は終わった。



「よくやったコジー。初仕事、お疲れ様」

「これが奴隷商人としての……初仕事なのか?」

 燃え盛る森林を背にレアは俺の頭を撫でた。



 普通に魔法の師匠を探していただけなのにどうしてこんなことになったんだよ。



「それでこの火はどうするんだ?めっちゃ燃えてるぞ」

 シリエルはレアの評判通りのさすがの魔法捌きであり、森はこのまま放置しておけば全て燃え切るだろう。



「私が奴隷街の人を召集して全部消してみるよ。だからコジーは帰っておいていいよ」

「そうか、ならシリエルは俺が運んで帰るよ」


 俺はシリエルを背負って、この森を離脱することになった。このまま消火が上手く行くといいな。



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