第二話 屋敷での不思議な出会い
奴隷たちの住む街というのは始めてだ。
地図を見ると、転送された場所はまだその街の近くにある奴隷市場らしく、中には様々な人が歩き回っており、品定めをする貴族や新しい奴隷を連れて歩く奴隷商人などがいた。
てっきり俺が思う奴隷市場っていう場所は、手入れのされてない汚れた異臭や気分が悪くなるような虐待が行われてるような場所とでも思っていたが、例えるならここは、商店街の異世界版という雰囲気を持つ、想像とは違い清潔感のある奴隷市場だった。
それで――
俺は入れ込んだ奴隷市場を抜けて人気のない古びた家が立ち並ぶ、いわゆるスラムに入る。地図によればここがその、商人のいない訳あり奴隷たちの居場所らしい。
「なんて歴史を感じとれる場所なんだ」
なんてカッコつけて言ってみたけれど、実際はただのスラムだ。こんな場所で俺はまだ見ぬ訳あり奴隷たちをしっかり扱えるのだろうか。
そして俺は地図に書かれた場所についた。
その場所は色んな古い家が立ち並んだ場所の袋小路にあり、隣にあったボロい家よりもさらにボロく、なおかつかつて貴族がいたことを証明する屋敷であった。とはいえ、なんでこんなスラム街のような場所にこういう屋敷があるのか不思議だった。
ガチャガチャっと、今にも取れそうな屋敷の鍵穴にカギをさして中に入る。ドアが引っかかっててちょっとだけ開けずらかったが、思いっきり引っ張ると普通に開けれた。
部屋主が数年間いなくなったことが分かる古びた内装と、カーテンがゆらゆら揺れ、そこから光がゆっくりと差し込んでいた。
ここが俺にとっての極楽浄土かと思うほど、しーんとしており、俺は目を閉じて、深呼吸をしてその雰囲気を全身で味わう。
「ここで何してんの?」
後ろから声が聞こえて振り返る。
そこに居たのは下半身がない、黒髪のワンピースを着る宙に浮く少女だった。つまり、幽霊がいた。
「おおっ、びっくりしたあ!?なんだよお前!てかなんで浮いてんだ!!」
俺は思わず腰を抜かしてしりもちをつく。
「アハハハハハハハッ!こんな国の最果てで誰も見向きしない場所、奴隷街によく来たね。もしかしてすごい犯罪でも起こして、国が手を負えなくなったからここに来たの?」
腰を抜かした俺を見て彼女は高笑いをする。
「いや、俺は普通にステータスが奴隷商人だから、ここに来ただけだぞ」
「えー!?奴隷商人なんて職業は普通ステータスで配布されるものじゃないし、そういうのは犯罪者がする仕事だよ。とはいってもここに送られるような犯罪者がこっから生存した例は無いけどね。そういうのはだいたいここにいる訳あり奴隷、厳密に言えばその元奴隷たちに殺されちゃった」
「嘘だ……ここはそんな危険なのか?」
「そうよ。あの表通りの奴隷商人はまだしも、ここに配属されるのは、完全に君を国家から追放したのと同義!君、ここでしばらくしないうちにそんな元奴隷に狙われて死んじゃうね!」
愉快そうに声を出して、壁を出たり入ったりしてすり抜けながら空をクルクルと飛び回る。
最悪だ。俺が唯一異世界でできる仕事だからって情でここを紹介されたかと思えば、普通にただの死刑宣告だったのかよ。魔王討伐に使えない俺をこうやって見捨てるってことは、これまでにあの魔術師は何度も同じことを人々にしてるんだろうなと何となく見当がつくな。
「そういえば、お前って霊なのか?」
「そうよ、何か問題?」
「いや、特にない。まあここは異世界だもんな。」
彼女の幽霊の割にはまるで生物のように自由に動けてるという、変な挙動に疑問を感じたが、これは異世界だからなのだろう、ひとまず彼女はおいといて俺は地図に書かれた奥にある執務室へと進む。
掃除のされていない埃が鼻を刺激して、何度もくしゃみをしたが、しばらくしてその部屋についた。
執務室には本棚が立ち並び、中央には使用者がいなくなった机と椅子が堂々と置かれていた。こんな奴隷商人が生活するような場所がこんなにしっかりしてていいのかとも思いながら執務室を観察する。
「おーい、さっきの幽霊――」
声を掛けたが返事はかえってこない。
既にどこかへ行ったようだ。
ひとまず俺はその椅子に背を預けた。
椅子の感触はよく、俺は自分のステータスをもう一度確認することにした。
「えーっと、なんだっけ?あ、ステータスか。ステータスよ、開示したまえ」
名前【小嶋忠正】
年齢【17】
種族【異世界】
性別【男】
スキル【服従】
適性職【奴隷商人】
レベル【0】
「変わり映えしないな。ステータス、スキルの詳細を見せてくれないか?」
試しにSeriのように命令してみる。
するとそれに反応するようにステータスに書かれた表記が変わる。
【服従】
心を通わせた者、又は屈服させた、させれる者を己の下僕として扱うことが出来る。
ああ、なるほど。だから俺はステータスに奴隷商人向きと書かれたんだな。スキル曰く、どうやら俺は人を使役できるみたいだ。
どうやってこの魔法を使うか、に関してはおそらくアニメて見るように詠唱すればいいのだろう。
「お、君はここに来てたのか!見つからなくて困ったよ」
「幽霊、俺に服従しろ!」
「な、なによ!?私の本体はここにいないからそんなの効かないよ!」
俺がスキルを使ったのを見て幽霊は慌てて物陰に隠れる。スキルは命中しなかった。
「ん?お前には本体がいるのか?」
「あ、いや、嘘!いません!私は地縛霊です!話しかけてごめんなさい!」
幽霊があからさまに焦るのを見て俺は立ち上がり、彼女を追いかけることにした。
彼女の本体はこの家の中にいるようで、幽霊は外に逃げることはしなかった。
彼女は色んな部屋をすり抜け、俺も何度も部屋を出ては入ってを繰り返して追いかける。
そして追いかけた先にいたのは――
何も置いていないちっぽけな部屋に
たくさんの板が腐って曲がったボロボロの床の上で大きな本を抱えたまま
白黒が混じり合うザ・ゴスロリ風と言えるような衣装を着た服と同じように白と黒が混じりあった肩にかかる程度の長さをした髪を持ち、身長がやや高めな、出るところが出ているスタイルの良い、どこかと危険な匂いがする女性がこちらに背を向けて座っていた。
「こ、こんにちは」
「……」
少し気まずげに会釈をすると、その子は一言も話さず、目を閉じたままこちらに体を向ける。先程の幽霊とは何かと共通点が多い。
「お化け」
彼女が言葉を発した瞬間、その口から衝撃波が発せられ、俺は避ける間もなく、壁に打ち付けられた。
ズドーン
壁に打ち付けられ頭が一度クラっとすると
その子は目の前に来た。
死刑宣告かのような花の匂いが鼻に入り、そして彼女は閉じていた目を開け、感情のない黒い目を見せ、俺の顔をさすり、そのままクイッと顔を上げられる。
「君、名前はなんて?」
ニコッとした笑顔が目に入る。彼女の目的が何なのか理解できない。
こわい。
異世界の得体の知れないモノを前にして
そんな気持ちが俺を支配する。
俺は恐怖で目を大きく開けながら口をつぐむ。
「君は喋れないの?それとも照れてるだけ?」
ほっぺたをツンツンとされる。
怖くて一言も話せない。
「ねえ、彼は喋れる?」
背後からもう一度霊が現れる。
さっきの彼女だ。
上でクルクル回りながら俺に手を振る。彼女を見て俺は少しほっとした。出会って間もないが、知り合いがいるだけでも安心出来る。
「お、お前の本体がこいつなのか?」
怖さ紛れに幽霊に声をかける。この人は怖いけど、正直言って雰囲気や動きがかなりかわいい。
「普通に喋れるよこの子!さっきなんて急に私に攻撃してきたの!」
おい、無視されたぞ。
「そう。なら君のスキルを見せてよ」
「スキルの使い方は分からないが、ステータスなら見せれる」
「ならそれをみせて」
「ステータスよ、開示したまえ」
そして展開された青いパネルを彼女に見せる。
「この技術、やっぱりすごいよね」
「ああ、俺もまだこの世界に来て日が浅いが、この世界に驚かされてばかりだ。」
「ん?君はここの世界の人じゃないの?」
「訳あって、この世界に召喚されたんだ」
「そっか、面白いね。あと君のスキルも面白いよ」
「う、うん。ありがとう」
何かと彼女の言動から彼女は恐ろしい過去でも持ってそうな気がするが、彼女の笑顔を見るとそんなことはどうでも良くなった。
「しかし、このスキルはどう使うんだ?」
「話聞かないやつにぶっぱなせ。そして捕まえればいいの」
彼女は手で何か球を打ち込むような動きをする。いや、この世界だと魔法になるのか。
「言い方が物騒だな、本当にそれで大丈夫なのか?」
「君と同じようなスキル使っていた人がいたからわかるよ」
「ん、俺の前任者みたいなのがいたのか?」
「一人いたけどそいつ、大したことないからここに来た当初に私の手で殺したよ」
「じゃあ俺もお前に殺されるのか?」
「しないよ、だって君を気に入ったから。」
「気に入ったって、なんだよ。じゃあこのスキルをお前に使ってみてもいいか」
「うん、使ってみて」
彼女は使わせようと俺から距離をとる。
「ゴスロリぃ、俺に服従しろー!」
声を出して彼女のポーズ通りにポーズをとって、スキルを打ち込む。
するとスキルは彼女にあたる前に散った。
「あれ?外れたね。どうやら君はまだ上手く使えこなせてないみたいだよ」
「やっぱり服従っていうスキルなだけに、使えられるようになる第一歩が大変だ」
「そうね、私もそう思う。でも、使えるように私が手伝うよ。」
「ありがとう。助かる」
「ってごすろりって何?どういうこと?私の名前はレア・エアフトだよ」
ゴスロリっぽいからその名前を言ってみたが意味なかった。もしかしてこのスキルは相手の本名を呼ぶ必要があるのか?
「ご、ごめん気にしないでくれ……あ、俺は小嶋忠正だ」
「変わった名前だね。コジーって呼んでいい?」
「ああ、もちろんいいぞ」
「じゃあコジー、これからこの家の案内してあげる」
そして俺はレアと共にこのちっぽけな部屋を後にして、部屋を案内されることになった。
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