蛇の道は蛇Ⅶ

「おっと、お嬢さん。落とし物はこちらにもありますよ?」

「「――――ッ!?」」


 突如、頭上から声が響いた。

 直後、間髪入れずにナイフの滝がメリッサの前に降り注ぐ。残り一メートルもない地面に、最後のハシシの残滓である頭蓋が縫い付けられていた。

 針鼠と形容してもいいほどにナイフが隙間なく突き刺さり、その頭蓋を侵食していく。零れ落ちた目玉が地面を転がると、どこからともなくナイフが突き刺さり煙を上げた。


「ああぁぁあぁぁぁあぁっ!?」


 まるで細胞の一つ一つが悲鳴を上げているかのような大合唱。メリッサは嫌悪感で顔を歪めながら距離を取った。縫い付けられながらも、自らが傷つくことを厭わずに、眼球がメリッサの方へと向いたからだ。


「――――なんてな。悪いが、お前はここで終わりだ」


 しかし、空中から現れた影がナイフごと目玉を踏み潰す。

 地面にめり込んだナイフの柄の下でひしゃげて、砕ける銀と共に、黒い塵が舞い上がった。そこに魔力は存在せず、真にこの世からハシシが消え去った証であった。


「やはり、あなたでしたか」

「その口ぶりからすると、俺がいることに気付いていたのかな?」


 万全というには程遠いが、それでも何事もないかのようにメリッサの前にクロウは佇んでいた。


「えぇ、相手を油断したところで襲うのは常套手段ですから。特にそれが集団から離れた個人となれば絶好の機会」

「なるほど。俺とハシシ――――正確には奴に憑りついた主が狙っていると読んだのか」

「あなたほどの手練れが苦戦する相手。簡単に諦めるとは思えません。それが秘密の園の主ともなれば、この程度の手段は当然でしょう。気配を殺すのも得意なはずですし、警戒するに越したことはありません」


 その言葉にクロウは感心したように息をつく。


「やはり、アサシンギルドの人間か。そんな御伽噺を今もしっかりと伝承しているとは律義な集団だ」

「あなたも似たようなものでしょう。尤も、こちらとは関りが薄いようですが」

「当然だ。お前たちのようなギルド、こちらから願い下げだ」


 二人の間に冷たい空気が流れること数秒。クロウの手が動くと、メリッサに向かって白銀の閃光が一条伸びる。


「……何の、つもりですか?」


 難なくそれを人差し指と中指で挟んで受け止めたメリッサはクロウに問いかけた。

 今の投擲は先ほどの自分を救ったものには程遠い。メリッサからすれば子供が投げたに等しい早さだった。


「言っただろ? 落とし物があるぞ、と。余ったナイフを貰っていくわけにもいかないからな。緊急用に残した一本だが、使う事態にならなくて良かった」

「礼は言いませんよ」

「どうぞ。ご自由に。こっちはただ落とし物ついでにゴミを処分しただけだからな。ま、今後はもう少し腕を磨いて、ミイラ取りがミイラにならんように気を付けるんだな」

「一体、何を……!?」


 急に後ろに振り返って歩き出すクロウにメリッサは戸惑った。

 これではクロウの目的はハシシの頭蓋の処分以外には何にもないことになる。つまり、メリッサがしたことはクロウの邪魔以外の何物でもない。


「別に落ち込むことなんかない。おかげでこっちは上手く奴を仕留めることができた。当分、ちょっかいをかけてくる奴を抑えられる」

「ま、待ってください。当分ってことは、また、あんな化け物が襲ってくるのですか?」


 言葉の端から見えた恐ろしい未来に、全身の温度が一気に下がる。

 クロウは立ち止まると真剣な声でメリッサに告げた。


「当たり前だ。ハシシに憑いていたのは、あいつの一部。本物がこっちに攻め込んでくることはありえないが間違いなく、いつか配下を送り込んでくる。幸いにも、あいつが今回みたく動かせる駒はそう多くない。それを用意するまでは安心だ」

「そんな……」

「そう気を落とすな。あんたらなら、もう少し鍛えとけば何とかなる。特にあのユーキって奴は、こういうバケモノ相手には切り札になる。今の内に色々と学ばせておけ」


 そう言うとクロウは思いきり飛び上がり、瞬く間に大樹の枝葉の上へと消えていった。

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