蛇の道は蛇Ⅵ

 ユーキたちから離れたメリッサは何本もの大樹を通り過ぎながら、元来た道の方角を確認する。

 本来進んで行く道は、地面に残った足跡と踏まれた草の後で推測できるので、彼女からすれば迷子の心配など心配しなくて良い。

 加えて、ティターニアが通っていた道は大樹が邪魔することない一本道だ。元々、そのような用途で植物たちが根付かないようにしていたのだろう。随分と人間に親切な妖精だと思いながら、メリッサはスカートを寄せてしゃがみ込んだ。


 ――――ガサッ


 その音は唐突に彼女の後ろから聞こえてきた。

 この妖精庭園には獣はいない。他国の人間であるユーキが着いてくる可能性も排除した上で、メリッサはここにいる。故に後をついてくる人間もまた存在しない。


「(さて、一体でしょうか?)」


 心当たりがあるにはある。

 しかし、メリッサは二択にまで絞った現状でも、どちらが襲ってくるか確信を得られないでいた。それでも、ここに一人で来たのはマリーを守るため。後方の憂いを断つため。危険を承知であえて死地に飛び込んだつもりだった。

 スカートの下からナイフを抜き取ると、振り向きざまに投げれるように指の間に挟む。思いきり前に跳んでその場を離れると、先程までいた場所に粘着質な音が響いた。


「グッヴエェェ!」

「――――汚らわしい」


 白銀の閃光を伴って放たれたナイフは、その音源へと容赦なく突き刺さる。

 サッカーボールほどの大きさをしたそれは、赤茶色の熟れ過ぎたトマトのようにぶよぶよであったが、不思議と液体は噴き出してこなかった。その代わりに白い球体が一つ、零れ落ちそうになっている。

 よく見ればそれが眼球であったと気付くのにそれほど時間はいらなかった。即ち、メリッサを襲ってきていたのが人の頭蓋であったということだ。


「そして、恐ろしいですね。そのような状態でもまだ動けるのですか」

「つ、つぎは、お前の体を、使ってやる」


 一体どこから声が出ているのか。不協和音すら感じる何人もの声が重なり合う声に、メリッサは思わず顔を顰めた。

 もちろん、その理由は声が不快だったからだけではない。突き刺さったナイフが瞬く間に黒くなり、ぼろぼろ崩れ落ちてしまったからだ。


「(銀製のナイフが効いていないわけではない。ただ単純にがこちらの効果を上回っているだけ――――ならば!)」


 汚れた魔なる者には銀の浄化の力が効きやすい。先程は後れを取ったが、今度はそうはいくまいと渾身の力で手を振り抜く。再び投げられたナイフを首の切断面から生えた触手で、ハシシだった頭蓋が器用に避け、或いは弾いていく。

 それでも機動力はそこまで高くない。二度、三度と身を翻す内に、ナイフが突き刺さっては崩れ落ちていく。傷口から黒い染みが広がり、燃え滓のように散っていった。あっという間にその体積が半分ほどに減り、動きも徐々に鈍くなる。


「これで終わり――――!?」


 メリッサは止めを刺さんとナイフに手をかけようとするが、即座に行動を変えて走り出した。

 手持ちのナイフが尽き、外れて散らばったナイフで代用するしかなくなってしまっていた。足などに仕込んであるナイフがないわけではないが銀製ではない。仮に効いたとしても仕留めるにはまだ足りないと直感が囁いていた。

 幸運にも動きは鈍くなっている。相手が逃げるよりもナイフに手が届く方が先。そう判断したメリッサは間違っていなかった。

 しかし、死に際の攻防という物は特に、死に瀕している者ほど驚異的な力を発揮する。それはハシシの頭部も例外ではなかったらしい。


「(――――速いっ!?)」


 頭部は一体何をすれば、そこまで速度が出るのかという、最高速度で走る獣もかくやという勢いで飛来した。ナイフを拾うことに意識が向いていたメリッサに回避する余裕などなく、気持ち悪い顔が目の前に迫る。

 せめて、急所だけでも庇わねばと左手を顔の前に掲げる。万が一、自分の体を乗っ取ろうというのならば、衝撃が奔った瞬間に左手を犠牲にして諸共斬り捨てる。そんな想いで拾ったナイフに魔力を込めた。

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