蛇の道は蛇Ⅴ

 行きはよいよい帰りは恐い、などという童歌があったとユーキは記憶していたが、それとは全く逆な雰囲気に安心する。背負ったサクラの位置を軽く修正すると首筋に温かい息がかかる。

 普段ならばドキリと心臓が跳ねそうなものだが、戦闘の緊張感が抜けきっていないためか。さほど気にならない。魔力を使い切ったと思っていたが、体の奥底からまだ魔力が湧きだしてくるようにすら感じている。


「ユーキ。体の方は大丈夫かい?」

「そうゆうフェイこそ。ここに来るまで色々大変だったんじゃないか?」

「僕の場合はそうでもないさ。他のみんなはどうだったか知らないけどさ」


 軽々とアイリスを運びながらフェイはアンディの方を見る。正確には、その更に先。ここではないどこか遠くを見ているように感じた。無言でユーキが次の言葉を待っていると、苦笑いしながらフェイは続きを口にした。


「戦闘も思ったほど多くはなかったからね。あのハシシ、という人の形をした化け物に僕の攻撃が通じたのは最初だけだったし」

「再生能力なんて持ってたら、魔法だろうが物理だろうが仕方ないだろ。生きて帰って来れただけ運がいいじゃないか」

「そう、だね」

「何だよ。急に元気なくして。なんかあったのか?」


 ユーキが問いかけるがフェイは首を振った。


「いや、ちょっと昔のことを思い出しただけだ。ただ、それだけ」

「ふーん」


 流石にフェイの過去に軽々しく踏み込むべきではないと思ったユーキは相槌だけ打って、同じように前を向く。何人かの妖精が追い越していき、ティターニアの周りを飛び回っていた。

 まるで母親に構ってほしい子供たちのような様子に思わず頬が緩みそうになる。いや、実際に緩んでいた。それでも、まだ体の奥底ではスイッチが切り替わっていなかったのか。不意に後ろからの突き刺すような視線に、素早く振り返った。


「ど、どうしたんだ?」

「――――いや、気のせいだ」


 振り返った先は先ほどまで進んでいた大樹と変わらぬ木々が生えているだけ。ティターニアも先頭を歩いているので、変な魔力などを感知するはずがないと自分に言い聞かせる。あえているとするならばクロウくらいだろう。

 油断した頃に後ろからぐさりとやられてはたまらない。魔眼で警戒してみるが、怪しい黒い姿はどこにも見当たらない。考えすぎかと思ったが、頭のどこかから危険だという電気信号が出され続けている。見落としているものはないか不安に思っていると、目の前にメリッサとフランが近付いていた。


「どうしたんですか? 後ろに何かいましたか?」

「いや、そうじゃないんだけど……何かこう……誰かに睨まれているというか。今すぐにでも後ろから刺されそうな気がしたから」


 その言葉にフランも振り返るが、吸血鬼の真祖の視界でも怪しいものは見つけられなかったようで首を捻る。その真横でメリッサがジト目でユーキを見上げていた。


「それはきっと、ユーキ様がサクラ様に不埒な行為をしないかと見張っていた私の視線かと思われますが……」

「こんなタイミングでするわけないだろ!」

「こんなタイミングじゃなければするんですか?」


 言葉の綾ではあるが、ユーキは思わず言葉に詰まってしまった。

 肯定すれば犯罪者扱いされかねないし、否定すればしたで非難の嵐を受けかねない。何と返答すればいいか迷っていると、メリッサはため息をつくように列を脇へと離れていく。


「……? どうしたんだ。進行方向はそっちじゃないぞ?」

「ちょっと大自然にお呼ばれしているので」

「一人じゃ危ないぞ。誰かに――――」


 そこまで言って、ユーキは声にならない悲鳴を上げる。フェイが脛を思いきり蹴り上げたのが原因だ。


「な、なにすんだよ」

「君は馬鹿か。デリカシーのない奴だな」


 若干、フェイは顔を赤らめながらユーキにだけ聞こえるように怒る。何故、怒られているのかわからないユーキは、不満げな顔を露にする。

 そこで何か気付いたのか、フランはユーキに小声で囁いた。


「あの、ユーキさんはご存じなかったかもしれませんが、その……さっきのメリッサさんの言葉は、時に使う表現でですね……」


 そこまで聞いて、ユーキは顔が赤くなるのを感じた。すぐに謝ろうと振り返るが、そこにはメリッサの姿は既になかった。

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