蛇の道は蛇Ⅷ

 クロウが消え去った後、メリッサは元の道を戻り、急いでマリーたちの行方を追った。

 途中で何度か道の真ん中に見たこともない花が咲いており、ティターニアの親切心だろうと気付く。


「流石にあそこまで暴れれば気付かれますか。ご丁寧に道案内用の花まで咲かせてくれるなんて……」


 本人が言っていたよりも魔力に余裕があったことに、どこかで安心しながら道を駆け抜ける。飛んで移動していた時と違って速度はないが、それでも身体強化をしているだけあって普通に走るよりも十分早い。

 九つ目の花を見つけた先に、少し小さくなったマリーたちの背中を見つけてメリッサは速度を上げる。いや、正確には瞬間移動したかのように加速して、何事もなかったかのようにフランの横で歩き始めた。


「あ、あれ? メリッサさん、いつの間に?」

「言ったでしょう? すぐに戻られますって」


 顔だけ振り返ったティターニアはウィンクをする。

 それを見てメリッサは、少し溜息をつきたくなった。恐らく、ティターニアは途中でメリッサが襲われていることに気付いたのだろうが、同時にクロウの存在にも気付いたのだろう。それもクロウがメリッサを助けるだろうという予想で、だ。


「……もし、そうでなかったら、どうするつもりだったのでしょう」

「え、何か言いましたか?」

「いえ、只の独り言です。フラン様は気になさらないでください」


 思わず口から飛び出してしまった言葉を誤魔化しながら、メリッサはクロウとの会話をもう一度思い返していた。

 クロウはアサシンギルドのことをお人好し、と称していた。それにはメリッサも同感であった。大体、普通に考えれば王都のど真ん中で堂々と暗殺を生業とする者が存在できることが暗殺者を否定していることの証左だ。

 つまり、アサシンギルドの本来の業務は暗殺ではない。それをここで述べるのは筋違いなので割愛するが、逆に言えばクロウの所属していた『八咫烏部隊』は殺しも含めた諜報活動を行っている、と言っているようなものだ。

 それを考えれば、クロウが徒手空拳で動くことにも納得がいく。素手ならば嵩張らず、動きを阻害せず、証拠を残さない。或いは油断を誘うこともできるし、相手の武器を奪って利用することも可能である。そして、それをできるのは余程訓練された手練れのみ。


「(相当な修羅場を潜り抜けて来ていそうですね。まぁ、そうでもなければ国を抜けてくるなんてできないでしょうし)」


 初対面ではあるが書簡などの話を聞いていた身としては、クロウの戦闘力の高さを再確認した気分になる。よく自分の主たちは無傷でローレンスの地に帰ってこられたものだ、と胸を撫で下ろす。

 本気でクロウが戦いを挑んでいたのならという仮定で考えると、場合によっては全滅を想定することすら簡単だと思った。特に今いる視界が制限される森林の中や、街の雑踏はクロウのような暗殺者にとっては絶好の狩場だろう。

 そんな風にクロウの戦力を分析していると、集団の歩みが緩やかになり、やがて止まった。


「お待たせしました。ここを出れば、皆さんが入ってきたところに戻ることができます」

「あれ? そんなに近かったですか?」

「いえ、本来ならばもっと歩かなければいけないのですが、そこは妖精庭園の主としてちょちょっと、ですね……?」


 どうやら妖精庭園内の出入り口の位置を弄ったようだ。大妖精の空間を弄るという何気ない大技に思わず目が点になる一同だったが、アンディは我に返るとフェイとユーキに自分の後に続くよう促した。


「とりあず、あちらに着いたら馬車に二人を運び込みましょう。そしたら、宿屋に戻って寝かせてあげれば問題はなさそうですね。ティターニア殿、お世話になりました。失礼しますね」

「皆様、短い時間でしたが楽しかったです。また、いつかお会いしましょうね」

「はい。その日まで、どうかお元気で」


 ユーキを始めとして、去りゆく者たちは軽く言葉をティターニアと見えない妖精たちに投げかけて去っていく。行きとは違い、出口と言われた空間を通ると、水面に映った風景が波紋で揺らめくように歪んでいく。


「さようなら。いつかまた会う日まで」


 最後にもう一度、ティターニアの声が背中に投げかけられる。すると、歪みは一層酷くなり、足元をしっかり見ないと地面を踏み外して、ここではないどこかに落ちていきそうな感覚だった。

 何とかして足を踏み出していくと、風景の歪みは次第に収まり、気付くと目の前に馬車と騎士たちが並んでいる場所へと辿り着いていた。

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