代用Ⅱ

 飛び散る蔦に、吹き飛ぶ瓦礫。高速でユーキたちの近くにばら撒かれた飛来物が、音を立てて通り過ぎていく。

 思わず顔を庇うと、手や頬に鋭い痛みが走った。一瞬の出来事に呆然としたが、不思議と痛みはそこまで長くは続かなかった。


「早く、しろっ!」


 後ろからクロウが苦悶の声を挙げたのを聞き、ユーキは我に返る。すぐに魔力を流し直し、拡散し始めていた魔力を元通りにしていく。

 腕の骨ではないどこか中心で、ミシミシと何かが軋む音を感じながらも収束を加速させる。だが、敵はそれを悠長に待つはずがない。幻覚から目覚め、拘束も振りほどいた肉塊が茶色の粉塵の中からゆっくりと歩み出てくる。一呼吸おいて、その体がゆっくりと沈み込んだ。


「来るぞっ!」


 アンディの声が辺りに響くが、それよりも早く何人かの魔法が放たれていた。

 火と水の爆発、土と植物による足元への妨害。それらをものともせずに肉塊は走り寄る。一瞬で接近するほどの力を失ったのか、それともじっくりと殺していくということなのか。どちらか判断はつかないが数秒と待たずに辿り着かれる。


「これ、なら……!」


 アイリスが杖を振り下ろすと、肉塊を転ばせようと何度も突き出ていた岩が現れなくなる。一拍遅れて、数メートルでは済まない巨大な土の槍が肉塊の前へと現れるが、それも軽く振るわれた拳の前に砕け散った。

 それを最後にアイリスも魔力を使い果たし、ついに膝をついてしまう。

 しかし、それと時間差で急に肉塊の姿が目と鼻の先で消え失せた。何が起こったかわからない一同だったが、それを真っ先に理解したのはティターニアだった。


「なるほど、その手がありました」


 手をかざすと地面が音をたて、ゆっくりと振動する。地震かと勘違いしそうになるが、これはティターニアが地面を動かしている影響だ。


「妖精庭園は私の領域。本来は植物が私の支配領域ですが、それが根を張る大地もまた支配下にあります。このまま、永遠に閉じ込めて差し上げましょう」


 アイリスが放った魔法の目的は、大地から岩の槍で足を攻撃することではない。巨大すぎる岩の槍を使ったことにより大地を陥没させて、落とし穴を急造して押し込めることだったのだ。

 まんまと罠にかかり、肉塊は十数メートル下の大地に落下した。崩落した穴の中で次に待っているのは己が打ち砕いた岩の槍の瓦礫だ。一つ一つは大したことがないが、それも大量に重なれば相当な重さになる。

 そこにティターニアが大地を動かして、そのまま拳を振りかぶることさえできない密閉空間を作り上げた。


「なるほどね。倒すのではなく封印か」


 クロウが感心した声を挙げる。

 それを背後から聞きながらユーキは、あれ、と思った。クロウの声が先程よりも掠れ、力がないように感じたからだ。

 その一方で、自分の背中から流し込まれる魔力の量は、どんどん増している。


「おい、上手く行ったなら、もう魔力はいらないだろ。さっさと離れろ」

「上手く行った? そうだな。確かに今のは見事だった。だがな。アレ如きであの化け物が大人しくすると思うか?」


 その言葉を聞いた瞬間、喜びが顔に浮き出始めていた者の表情が凍り付く。

 ゴゴゴ、と何か重い物を動かす音が足元から響いてきた。


「じょ、冗談だよな?」

「そう思うなら好きにしろ」


 マリーは恐る恐る尋ねるが、クロウの素っ気ない言葉にまだ戦いが終わっていないことを感じ取った。

その顔には、もう余裕がないといった風に見えるが、実際に気絶していないだけでマリーも相当量の魔力を消費しており、いつ倒れてもおかしくなかった。

 慌てて、ポーションを二本一気飲みするが、すぐに魔力が回復するわけもなく。表情が暗いまま杖を構えることとなる。


「おい。お前が何とかしないと、本当にみんな死ぬぞ。もっと気合入れろ」

「それが、できるなら、やってる!」


 どんなに力を込めても限界は存在する。ユーキの全力はそれなりに魔力を集めることができているが、それも限界に近かった。

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