代用Ⅰ
肩甲骨から前腕までの骨が砕けたかと思うような痛みに、ユーキは声すら上げられなかった。
文句を言うどころか。そのような思考すらもぶっ飛んで、脳の中が痛みだけに支配される。今すぐにでも気絶したいと考えながらも、痛みの原因を探そうとして腕に魔眼を向ける。
そこには自分がガンドを撃つ時に纏う青い光が腕全体を駆け巡っていた。
「本来ならば人差し指を使うのが鉄則なんだが……仕方がないだろう。左手には右手ほどの架空神経の発達は見られないからな」
「お、前、一体何が見えて……」
痛みが酷かったのは最初だけで、急速に激痛が引いていく。よく波が引くようになどと表現することも有るが、引くなんてものではなく、滝で水が落ちる様な勢いだった。
ソフィの力でも直せなかった腕を一瞬で直した技術にも驚かされるが、それよりもユーキはクロウの発言の方が気になった。まるでユーキの中にある架空神経が見えていると言っているようにしか聞こえない。
「それより前を向け。お前が何とかしないと、ここでお陀仏だ。気を引き締めろ」
既にサクラが放った最後の式神擬きも一部が破れ、未だに動いていられるのが不思議なほどだ。肉塊ほどではないが、人に当たる右腕部分が破れている。
サクラの魔法に惑わされているものが見たら、右腕が引きちぎられたサクラの姿が見えていただろう。
ティターニアの地面から生える蔦やティターニアの爆発する水球、マリーたちによる土魔法の拘束などで何とか拮抗状態を作り出している。ただし、それがいつ崩壊してもおかしくないのも事実だった。
ユーキは意を決してクロウの流す魔力に加えて、自身の中に駆け巡る魔力を追加する。すると不思議なことに、クロウの流した魔力につられて、人差し指ではなく中指へと魔力が集う。
「人差し指と中指をそろえろ。さっきみたいに関節が曲がってほしくなかったらな」
直角に有り得ない方へと曲がった痛みと光景を思い出し、ユーキはぞっとする。
仲間が、自分が死ぬかもしれない恐怖の前に、痛みというわかりやすい恐怖が立ち塞がっていた。もう一度、あの痛みに襲われるかと思うと、収束するはずの魔力の勢いに陰りが見え始める。
それを察したのか、クロウから流れ出る魔力が増大した。
「おい、ふざけるのもいい加減にしておけ。さっきの俺が流した魔力の衝撃に比べればかわいいもんだろう」
「う、うるさいな。それとこれとは別なんだよ。少しは前に会った時みたいに黙ってろ!」
八つ当たりに近い声を発しながら、その裏で自分を鼓舞する。
震える人差し指に中指を揃えて、照準を合わせた。肉塊は地団太を踏むように、その場で暴れているがその腕は式神擬きを捉えようとしている。
「――――ごめんなさい。もう無理っ!」
サクラの悲鳴に近い声が上がる。
依り代の紙が半壊していた時点で魔法はいつ解けていてもおかしくはなかった。その点においては、ここまで発動時間を引き延ばせたのは、無理矢理過剰な魔力を供給して魔法を維持していたからだろう。
その反動として魔力を使い果たし、サクラは気絶して膝から崩れ落ちた。
「お疲れ様です、サクラさん。後は私たちに任せてください」
フランがサクラを受け止めて杖を構える。
ここまで追いつめられては妖精庭園の花たちの心配をして魔法を使わない、などと言っている場合ではない。構えた杖から恐ろしい速さで火球が撃ちだされる。
「ユーキ様。準備はまだかかりそうですか?」
「まだ……足りないっ!」
クロウの魔力の後押しがあっても、先程のガンドの威力には及ばない。
それは単純に架空神経が損傷していることと、普段は使わない神経を使ったために魔力が思うように流れないことが原因だ。魔力が流れる量を増やすには、流す速度を上げるしか方法はないが、それにもまた魔力を流す熟練度が必要になる。
思うように動かない自分の体に苛立ちを覚えながら歯を食いしばっていると、マリーたちの拘束から肉塊がついに解き放たれた。
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