再戦Ⅵ

 一瞬で距離を詰めるハシシの姿を捉えられたのは、ユーキの魔眼のみ。

 スローモーションで進むハシシを前に、ユーキは既視感を感じていた。それはサクラに襲い掛かったグールの姿にあまりにも酷似していたからだろう。

 それに気付いた瞬間に、頭の中で撃鉄が上がる音が響く。いつもよりも、重く、低く、そして大きな音だ。足元から魔力が湧き出で、丹田を通って腕へと流れ込む。かつては制御できずに、ただただ注ぎ込むことしかできなかったユーキだったが、今は違う。

 送り込む量、圧縮させる力配分、弾丸の大きさ、発射速度。あらゆるガンドの使い方を感覚で理解して、思い通りに実行できていた。


「(――――六発全弾の魔力を装填。出力最大!)」


 拳よりもやや大きく膨れ上がった弾丸は青く輝き、妖精庭園に満ちていた魔力を巻き込んでより高密度なものへと変化していた。

 魔法を使い始めてから、それなりの期間が経過している。それが今になって、マリーと同様に魔力操作の向上という形で現れる。

 既に頭の中からはガンドの副作用のことなど吹き飛んでいた。ただ目の前に迫っているアイリスの危機を救わねばという想いがユーキを突き動かす。


「――――撃ち抜けっ!!」


 目の前で青い閃光が弾け飛ぶと同時に、鋭い痛みが右手の人差し指に走る。

 思わず左手で握ったそれは、ほんの一瞬、曲がってはいけない方向へと折れていた。歯を食いしばり、左手で無理矢理、元の位置へと戻す。

 幸いにも折れ曲がったのは関節のようで、亜脱臼状態だったのだろう。それでもあまりの痛みに眩暈がした。

 ぐるぐる回り始める視界の中で、青い光の行方を何とか眼だけで追う。すると既にガンドはハシシの体へと直撃していた。

 左側面に激突したガンドをハシシは手で弾こうと考えたのだろう。それは最悪の悪手であった。触れた瞬間に、崩れかけていた腕は跡形もなく吹き飛び、そのまま腹と胸の七割を抉り抜く。

 それだけの支えを失えば、前に進むどころか立っていることすらも難しい。ハシシは地面に滑り込みながら倒れた。辛うじて残った右上半身も衝撃で捻じれ、繋がっているのが不思議なくらいだ。


「がっ……ぐっ……ひひっ!?」


 どこから声が出ているのか。掠れた空気の漏れる音と共に不気味な音が発せられる。

 再生能力があるとはいえ、流石に限界があるのか。その体が瞬時に復元される気配はない。


「うっ……」


 夥しい量の血が飛び散って広がっていく様子に、サクラを始め、女子たちが口元を押さえる。もし十センチずれていたのならば、血だけでなく内臓まで飛び散っていたことだろう。


「せめてもの情けです……!」


 アンディは眉一つ動かさずにハシシへと駆け寄ると、その勢いのまま剣を一閃して頸を刎ねた。両の眼を見開き、口の端を吊り上げたままハシシの頭が地面を転がる。何度か瞬きと口をパクパクと動かした後、その動きは完全に停止した。横たわったままの体も痙攣を起こし、その姿は見ているだけで吐き気を催す。


「ユーキ、いい働きだったけど、ちょっとあれは勘弁してほしかったぜ」

「うん。ちょっと、刺激が強、すぎ……」


 顔面を蒼白にしながらマリーたちが抗議するが、ユーキも同じ位青ざめた顔で言い返す。


「こっちは必死だったんだ。生きてるだけ幸運、だろ?」

「ユーキ様の仰る通りです。流石に何度も死線を潜り抜けたことのある私も生きた心地がしませんでした」


 メリッサも肩で息をしながら同意する。

 そんな彼女にアンディがハシシの首を拾い上げながら声をかける。


「すいません。何かこれを持ち運べるようなもの、持っていますか?」

「メイドを何だと思っているのですか。敵の首を持ち運ぶ文化など持ち合わせておりません。とりあえず、自分の手で――――」


 暗殺者紛いの攻撃をしながら、今更何を言っているのかとみんなの心の声が一致しかけたとき、メリッサの表情が固まった。


「――――アンディ! 後ろ!」

「うおっ!?」


 鬼の形相で叫んだメリッサに何かを感じたのか、咄嗟に横へと飛ぶアンディ。

 その横をが通り抜けていった。


「嘘、でしょ?」


 フランが呆然と呟く。

 その視線の先には、頭部も左上半身もないハシシの体が立っていた。

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