再戦Ⅴ

 ソフィが手をかざすと水がクロウの体を包み、燻っていた炎を鎮火する。白煙が上がり、水が蒸発する音が響く。

 何とかしてクロウを助け起こしたい気持ちにはなるのだが、そのような余裕はユーキにはなかった。

 魔法を使っていないアンディ、フェイ、メリッサも炎の中から飛んでくるナイフを弾き飛ばすので精いっぱいだ。一人でも欠ければ、全員を守りきることはできない。


「厄介ですね。どこに飛んでくるかわからない」

「おまけに、一撃一撃が重い。本当にナイフなのかっ!?」


 高速で飛来するナイフに、圧倒的に質量で勝るはずの剣が衝撃で吹き飛びそうになる。加えて、相手の投げるモーションが見えないため、一瞬の油断も許されない。明らかに優勢なはずなのに追い詰められている気分にすらなってしまう。


「ユーキ。君は何してるんだ! ガンドさえ撃てば多少は――――」

「――――わかってる!」


 未だにユーキはガンドを撃たずに構えているだけだった。

 どう目を凝らしても、魔眼を開いても炎の中のハシシの姿が捉えられない。連射できる数に限りがある中、無駄撃ちは避けなければならない。最初の一発くらいは当てる余裕があったかもしれないが、その前に一瞬だけ迷ってしまった。本当にガンドを撃って大丈夫なのか、と。

 今まで何度も放ってきて、特に問題はなかったはずだ。それがわかっていても、どこかで躊躇する自分がいて、ユーキは構えたまま動けずにいた。

 せめて、一撃の威力を上げて再生を遅らせようと魔力を注ぎ込む。当然、それにも限界は存在していた。これ以上、注ぎ込めばその場で破裂しかねない不安定な脈動を指先から感じていた。

 冷や汗が頬を滴り落ち、いつの間にか頭痛が拍動に合わせてこめかみを駆け抜ける。視界の片隅で、がちらつき始めた。

 頭の先から不意にふっと感覚が消えていく。最初に温度が消え、空気が消え、そして鼓動すら消えうせた。時が止まったかのように錯覚する中、炎だけが揺らめいている。

 その炎の中から二本のナイフが飛び出て、それを払い落とそうとアンディとフェイが動いた。意識がナイフへと向いた瞬間、大きな影が炎の中から浮かび上がる。


「――――させませんっ!」


 腕を十字に交差しながら飛び出てきたハシシにメリッサのナイフが襲い掛かる。左右の手から三本ずつの計六本が迎撃に向かうが、その内二本は地面に、二本は足に、二本は腕へと突き刺さった。

 焼けて炭化していると言い切ってもいい腕が、ナイフごとボロリと抉れ落ちる。動かせることが不思議な足を踏み出し、接近してきた。

 腕の隙間から覗く顔はもはや人とは思えぬ様相を呈しており、前が見えているかどうかすら怪しい。事実、今までは攻撃で危機感を感じさせたマリーへと一直線に向かっていたハシシが進路を逸れて、アイリスへと突進していく。


「くそっ! 止まりやがれ!」


 後先考えずにマリーは魔力を注ぎ込むと杖先から出ていた炎の色が白く輝き始める。それを受けたハシシの残った腕も徐々に形を失う。

 せめて後十秒、否、数秒あればその勢いを止めることも可能だったかもしれない。だが、あまりにも近付かれ過ぎた。既に距離は五メートルを切り、その数秒を待たずしてアイリスの頭を打ち砕くだろう。

 万事休すかに思われたが、まだここにはユーキ以外にハシシへと技を繰り出していない人物が一人いた。


「吹き飛んで!」


 ソフィの展開した無数の水球が青い光の尾を引いて放たれると、ハシシの腹に直撃して爆発する。猪を思わせるような突進も、成すすべなく後ろへと弾き飛ばされる。


「気を付けてください。濡れたせいで火魔法が効きづらくなっています」

「助かったぜ。あのままだったら、みんなやられてた」


 マリーがサムズアップしながら魔法の詠唱を始める。使うのは土魔法だ。確実にハシシの体を抉り抜くつもりだ。それを察して、サクラやアイリスも魔法を切り替えた。


「わ、私には、これしかできませんから……」


 フランだけは火魔法しか使えないため、ひたすらマシンガンの様に火球をハシシへと撃ち続ける。

 過剰に込められた魔力が期せずして爆発を巻き起こし、更にハシシを後ろへと押しのける――――かに見えた。


「なっ!?」

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