再戦Ⅳ

 クロウが左手で脇腹を押さえながら、右手を地面に叩きつける。

 衝撃が地面の赤黒い血を巻き上げ、竜巻となってクロウの姿を覆い隠した。


「前に見たときと同じだ」

「転移魔法! でも、今は……」

「あぁ、ハシシをこちら側に無理矢理連れてくるつもりなんだろう」


 

 前に見たときは逃走に使ったクロウだったが、すぐにユーキはそれを、こちら側に呼び寄せる逆の方法に使っているのだと見抜いた。

 高さ五メートルまで吹き上がった竜巻は、勢いを落とすことなく留まり続ける。その様子を見てティターニアは声を震わせる。


「末恐ろしい人。妖精庭園の中では、ただでさえ空間に干渉する魔法は展開が難しい……。それにも関わらず、あのような魔法。普通なら発動すらできないはず」

「そうですね。行くだけならまだしも、呼び寄せるなんて、国王様が聞いたら何というか」


 ソフィもそれに頷いた。

 ファンメル国第一王女であるアメリアは転移魔法の使い手であるが、自分がいる場所から行ったことがある場所へと一方通行の道しか開くことができない。

 一概には言えないが、クロウの転移は一国の王女の能力すらも上回っていることになる。


「――――今だ! やれ!!」


 竜巻の中からクロウの声が響く。

 各々の魔法が解き放たれ、竜巻の発生源へと向かっていく。当たる直前、時間にして一秒に満たない僅かな瞬間、竜巻が一気に水飛沫となって中から弾け飛んだ。


「なっ!?」


 そこには背中を向けて、状況を把握できていないハシシが佇んでいた。

 自らの背後から迫る炎の塊に驚愕の表情を浮かべながらも、その足ですぐに回避しようと動き出したのは流石の一言に尽きる。

 だが、その前にクロウが足裏でハシシの腹のど真ん中を蹴り抜き、魔法の渦の中へと送り込む。

 杖を持つ者が一斉に放った火魔法の渦、そこに加えてティターニアが魔力の塊を放り込むと、その炎の勢いは何倍にも膨れ上がった。

 肌が焼けるかと思う程の熱量が離れていても届き、地面に咲く花々はその尽くが炎の花弁へと変化していた。ティターニアからすれば、仲間を殺しているも同然だが、その表情を曇らせることなく魔力を放出する。


「よいのですか? 妖精たちは草花の意思が具現化したものと聞きます」

「大丈夫です。我々は妖精として具現化した時から、別の植物へと意思を移らせることも可能になります。逆にまだ妖精になりきれない命も我々が吸収して共に生きることもできます。故に、この森が死なない限りは全員生き続けられるのです」

「なるほど、お強いのですね」


 アンディはその言葉に安堵しながら炎の渦を見つめる。

 直撃してから既に十数秒は経過している。普通の人間なら確実に即死しているだろうが、相手は肉体の強化に優れ、再生能力も持ち合わせている。この炎を耐えるどころか反撃してきてもおかしくない。アンディは警戒を怠らず、フェイに視線を送った。


「どうしますか?」

「前衛を守ります。先の戦いの様に怪しげな武器を投げつけてくる可能性もありますから、すべて撃ち落とせるように身構えていてください」

「了解し――――」


 それを言い切るよりも早く、フェイの体が動いていた。炎の渦の中からナイフが二本、飛んできたからだ。

 幸いにも一本は見当違いの方に消えていったが、もう一本は狙いすましたかのようにマリーへと突き進む。ハシシが炎越しにもマリーの姿を捉えていただけなのか、それとも偶然なのか。

 前者だとすれば相当恐ろしい。フェイはそのナイフを剣で弾き飛ばしながら冷や汗をかく。


「……あれは!」


 サクラが開いている手で指を差す方向には、炎の渦の中から全身火だるまになりながら吹き飛んでいく塊があった。大きさからすると人間大。恐らくはクロウだろう。

 地面をそのまま勢いよく転がりながら、何とかその体に着いた火を消そうとしていた。

 しかし、長時間、火の中にいた影響と腹の怪我のせいだろう。地面に突っ伏したまま起き上がる様子が見えなかった。

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