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 確実に人ではないナニかになり果てたハシシの姿にユーキは嫌悪感を覚えた。

 吐き気と頭痛が絶え間なく襲ってくる。視界の先には、あの赤と黒の恐ろしい色が溢れ出ていた。


「くっそ……。頭と首が離れたら、大人しく死んでおくのが常識だろっ!?」


 心臓も頭も破壊してなお生き残るしぶとさに恐怖しか感じられず、ユーキたちは後ずさる。

 ソフィが放った水弾が連続でハシシの体へと当たり弾け飛ぶが、距離を開けるので精一杯のようだ。


「これは……四肢を斬り落とすしか手段は残ってないか」


 フェイが悔し気に表情を歪ませる。

 このまま戦いを続けるのは悪手なのは明白。だが、相手は不死身の化け物。逃げたところで永遠に追いかけられるのは御免被りたいところだ。


「何とかしてあいつを倒さないと……」


 誰もがここで仕留める方法を考えていると、唐突にハシシの残っていた腹の部分がうねり始めた。最初は筋肉が痙攣でもしているかに見えたが、どうやら違う。まるで、寄生虫が腹の中で動き回っているような怖気の走る気持ち悪さだ。

 皮膚を突き破って来そうな勢いの動きに、さらに嫌悪感を募らせる。

 やがて、その動きは静まり、腹の部分に人の顔。それも老人のようなしわくちゃの顔が浮かび上がった。


「ほう……この体をここまで壊すとは……なかなか、面白い奴らよ」

「うぇっ、喋りやがった」


 皮膚のたるんだ皺が動いている風に見えなくもないが、口の部分は間違いなく穴がいつの間にか空き、老人の声を出力する器官へと成り代わっていた。


「魔法使いが何人かに、死にかけが一人、大妖精、剣士にメイド――――そして、目標の娘か」


 老人の瞳など存在しないのに、ソフィの方をじっと見つめているのがわかった。

 目を細めて僅かに瞼が動く様子に、本当に何かがハシシの体に乗り移っていることを認めざるを得ない。


「あなたは……?」

「名乗るほどのものではない。ただの楽園の管理者だ」

「では、私に何の用が?」

「楽園の為にも色々と研究が必要でな。異界に留まっていた人間は良い判断材料にもなる。妖精庭園に保護された人間の一人や二人がいないかと探していたところ、君の存在を知ってな。こうやって、迎えに来たというわけだ」


 一見すると朗らかに嗤う近所のお爺さんと言った雰囲気だが、明らかにその声と表情の裏には悪意の塊を濃縮したようなものが垣間見えた。ただでさえ異様な姿に、今の言葉をかけられて納得する人間はいないだろう。


「スイマセンが、私はあなたと一緒に着いていく気にはなれません」

「そういうと思ってな。万が一、君が抵抗してもいいようにこの男を送り込んだのだ。ここまで肉体を損傷したのは、予想外ではあるがね」


 堂々と力づくで連れ去るという発言をされては、抵抗せざるを得ない。

 ソフィは手をかざすと何十もの水弾を叩きつける。


「ほう……ほうほう……杖もなく、詠唱もなく、これだけの威力を放てるかっ。――――魂の一部が水精霊と化していた影響が色濃く残っておるな」

「じゃあ、ウンディーネが急に消えたのは、本来の肉体に戻ったからか……」

「なるほど、だんだん話が見えて来たけど……わからないことが多すぎる。それに、ここからどう動くのが正解なのかわからん」


 フェイとユーキは互いに聞こえる大きさで声を交わす。

 このまま、老人との会話を続けて時間を稼ぎ、何とか切り抜けたいものだが、解決の糸口がさっぱり見えてこない。

 おまけにユーキは一気に魔力を放った反動なのか。ガンドの魔力装填ができない。辛うじて、右手を動かすことはできるが、どこか筋肉痛のような痺れが残り、まともに戦えないことが予想できた。

 何とか飾りの剣を抜き、フェイと共に警戒しているように見せかけている。見る人が見れば、それが形だけのものであることは見抜けただろう。

 老人はそんな逃げ腰のユーキたちの姿を見て、愉快そうに笑い声をあげた。

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