再会Ⅶ

 まずい、とユーキは感じ始めていた。

 クロウの言う通りであるならば、ティターニアはソフィを手放すとは思えない。対してクロウは、そのソフィを自分の組織の所へと連れていかなければならない。どうあっても、この二人の対立は避けられないのだ。

 それに加えて、ソフィはマリーの幼馴染であることがわかった。このまま、クロウに連れて行かれるのを黙って見ているとは思えない。

 言葉では言い表せない空気に、ユーキの中で魔力が高まるのを感じた。

 誰かの一挙手一投足が、即座に戦闘という爆弾の起爆スイッチを押しかねない。一触即発の雰囲気の中で、それをものともせずにクロウは水晶のような物体を小突く。


「どうする? 俺としては、さっさとまともな状態にしてやるためだと思って動いているつもりだ。尤も、連れて行った先でどうなるかの保証は実際のところできないわけだが」

「そうか。だったら、ルーカス学園長の下に連れて行った方が、その子の為なんじゃないのか?」

「良い指摘だが、あの人にはどうすることもできないだろう。こちらも善意でやっているわけではないので、それなりの対価はどこかでもらうことになりそうだが――――少なくとも、ハシシのような奴らに渡すよりはましだと思ってくれ」


 クロウの言葉にマリーは首を横に振る。


「フランと違って、あたしは少なくともあんたがやったことだけを見て信じられないと判断したんだ。人の家に窓を割って侵入してくる輩を信じる奴が、どこにいるって言うんだよ」

「ぐうの音も出ない正論だな。それで? 正論で俺が倒せるとでも?」


 流石に会話の流れを危険と判断したのか、アンディが剣を抜いてマリーの前に立つ。

 それに続いて、マリーやアイリスも順に杖を抜いていく。


「みなさん、やめましょうよ! 何で戦おうとするんですか」

「悪いなフラン。商人目指してんならわかるだろ。信用って言うのは、そう簡単には得られないってさ」


 自分を助けてくれたと思っているフランと友人を攫われそうになっていると考えているマリーでは、意見が合わないのは当たり前だろう。流石のフランも、少女の正体がマリーの知り合いとあっては、先程の様に杖をマリーたちに向けることはできない。行き場のなくなった手が空を彷徨い続けていた。


「さて、実力行使と出るかい? それで俺に勝てると思っているなら、大きな間違いだ」

「あら、と思っているのなら、あなたも大間違いだと思いますよ」


 両手を広げたクロウの動きが急に止まった。

 背後に幽霊がいるか確認するように、ゆっくりとその顔が後ろへと向けられる。そこには樹の中にいるソフィしかいないはず。

 そう思っていた彼の瞳をまっすぐ、ソフィが見つめ返していた。


「私の友達に酷いことしないでください。それと――――」

「ちっ!?」


 会話の途中でクロウは自分の視線の下、脇腹辺りに拳大の水の球があることに気付き、その場から離れようとする。だが、それよりも先に勢いよく、水球が弾けるのが先だった。


「――――強制の魔法具にはめられた恨みを、ついでに返しておきます」


 横腹に衝撃を受け、十数メートル吹き飛ぶクロウを尻目に、水晶を透過するようにしてソフィが出てきた。

 呆然と見守る一同を見るとにっこりと微笑んで、そのまま歩いてくる。


「マリーちゃん、久しぶり。こうして会うのは何年振りかな?」

「お、おう。何だろう。あまりあのころから見た目が変わってないけど……ちょっとあれだよな。最近どこかで会ったような気がしなくもないぜ」


 そんなマリーの横でフェイが恐る恐る声をかける。


「もしかして、ウンディーネ……?」

「はぁ? フェイ、いきなり何言って――――」

「――――流石ですね。やはり、すぐにばれちゃいましたか」

「「はぁ!?」」


 驚くユーキとマリーであったが、サクラとアイリス、フランは驚く二人とは対照的であった。


「確かに背丈とかは違うけど、顔とかそっくりだよね」

「はい、かわいくて素敵だと思います」

「身長は、私の方が、上」


 各々笑顔でソフィを囲む中、がさりとクロウが立ち上がった。


「なるほど、これは予想外だったな」


 形勢逆転と言わんばかりにマリーがニヒルな笑みを浮かべながら杖を向ける。


「ソフィはこれで助かった。だから、お前が連れて行く必要はなくなった」

「そうはいかないな。一応、連れてこいという命令だからな。上司の命令には逆らえない、ってことだ」


 クロウが脇腹を抑えながら、拳を握る。

 それに警戒しつつ、ユーキはティターニアへと問いかけた。


「ティターニアさん。彼女はもう保護されなくても良い状態になりました。俺たちが、家族の下に送り届けるというのなら、彼女も一緒にここを出ていっても構いませんか?」

「もちろんです。確かに私は彼女から力を受け取ってはいましたが、それを惜しく思って手放さないなどということはあり得ませんから」

「ティターニアさんはね。ずっと私を守るためにこの妖精庭園を広げていたんです。迷子の子供を助けて、親の所にも送り届けたことだってある。ティターニアさんの人柄……妖精柄の良さは私が保証します」


 そう言うと目線があったティターニアとソフィはお互いに頷くと手を前に翳した。

 風が吹き抜けると無数の葉の刃と水球が空間に出現する。


「さて、クロウさん。あなたの親切心は嬉しいですが、お帰り願いますか?」

「ほんと、マジでツイて、ない――――!?」


 心の底から落胆した声を出すクロウだったが、その声が途中で戸惑いに変わった。

 何人かはクロウの手で抑えていた服の部分が急に黒く湿り出していることに気付く。そして、その地面には大量の赤い血が流れ落ち始めていた。

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