共闘Ⅷ

 月の八咫烏が一歩前に出て、男へと接近する。

 どんなに拘束されていようと油断はできない。一瞬でも気を抜けば、蔦や岩を吹き飛ばして攻撃が飛んでくる。

 その予想は当たらずとも遠からず、男の頬が不自然に膨らんだ。


「――――!?」


 腕でも足でもない。男の口から小さな棘が幾つも飛び出して来た。

 フェアリービーの尾についていた針だ。全身を這いまわられているときに無理矢理引っこ抜いたのか。或いはスイカを食べる要領で針以外を胃袋に収めてしまったのか。

 いずれにせよ、警戒していたところとは無関係の所からの攻撃に、思わず月の八咫烏が腕で防御する。何本かが露出している肌部分に突き刺さるも、引かずにさらに一歩踏みこんだ。


「ひひっ!」


 自由な左腕が捕まえようと伸びる。その腕を掻い潜り、拳を握りしめた渾身の一撃が放たれようという瞬間、月の八咫烏は嫌な音が響くのを捉えた。

 男の右腕を抑えていた蔦がついに限界を迎えたらしい。目の端で捉えたときには、既に繊維が引きちぎれ、腕が解き放たれようとしている最中だった。


「させるかっ!」


 しかし、その右腕が振り下ろされるよりも早く、ユーキのガンドが炸裂する。大したダメージには至らないが、腕を後方に押し留めるには十分だった。

 再び右腕が加速を開始するよりも早く、ステップを踏んだ月の八咫烏が左拳を振り抜いた。威力自体は強くない。だが、それでも顎先を真横から思いきり殴り抜けば人間の構造上、脳震盪を引き起こす。

 それは目の前で崩れ落ちようとする男の姿が証明していた。


「許さない、です!」


 膝から崩れ落ちる男の腹に真紅と黄金の混ざった拳が吸い込まれる。

 見ていた誰もが、まだ男が反撃してくるのではないのかと固唾を飲んで見守っていたが、杞憂だったようで、そのまま拳は突き刺さり、衝撃と反動で足元の拘束していた岩が捲れ上がる。

 男の体はくの字に折れ、口と鼻から血が噴き出していた。あまりの衝撃に脇腹の傷も広がり、人間が生きていられる限界を超えた血が流れていることが遠目で見ても明らかだった。

 そんな男の背に回った月の八咫烏はフランが一歩引くのを見て、背中へと手を押し当てて


「『――――我が声に応え、来たれ、大いなる揺り籠』」

「上級呪文!? しかも、風属性か!?」

「あいつ、魔法を使えるのかよ!?」


 思えば、土魔法で人形を作っていたのはチャドに変装していた月の八咫烏。だが、前者は上級魔法であるのに対し、後者は魔力操作の中でも簡単な部類の土属性。比べること自体が間違っているとも言える。

 アイリスやマリーの驚きには目もくれず、月の八咫烏はティターニアへと呼びかけた。


「真上の枝を避けさせろ。念のためな。『其は吹き上がる天つ風――――』」


 何かを感じたのかティターニアは、頷いて目を閉じた。すると、大木たちがまるでゴムか何かでできているかのように幹から曲がり始め、上空への道を開ける。それを待っていたかのように、突風が木々の間をすり抜け、渦を巻き、その道を通り抜けていった。


「『――――我が意を届け、黒き炎に白き楔を打て』」


 妖精庭園に来てから初めて見上げる木々のかからぬ空。雲一つない蒼天を見上げていると、どこからともなく白銀の雷が舞い降りた。

 ――――閃光・衝撃・轟音。

 それらがほぼ同時に目の前で炸裂し、五感の半数が麻痺を起こす。

 残像と耳鳴りに混乱し、ユーキは思わず膝を着いた。雷が直撃したわけでもないのに、皮膚が痺れている感覚に襲われる。

 何秒かかけて正常な状態に戻りながら、目の前に広がる惨状を想像した。雷の直撃などを受ければ、基本的に心停止して死亡する。皮膚には雷の通った後が火傷として刻み付けられるほどだ。

 もちろん相手は再生能力者。それでも立ち上がってくるかもしれないと思わせるだけの恐ろしさがある。


「あ、れ……?」


 しかし、ユーキが見た光景は呆気ないものだった。

 不思議に思いながら、全員で男の下へと歩いていくと、そこには雷が本当に落ちたかどうかも疑う程に無傷――――雷以外の傷は依然として存在――――な男が気絶していた。

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