失踪Ⅰ

 気を失った男は何重にも縛り上げられ、地面へと転がされていた。

 妖精庭園の蔦と騎士団のロープ、それに加えて月の八咫烏がどこからともなく取り出した鎖で雁字搦めにされている。一般人であれば確実に脱出できないだろうが、この男ならば引き千切って来る想像が頭を過ぎるほど、全員の心に恐怖がこびり付いていた。


「それで、こいつは一体どこの誰なんだ? お前、何か知ってるんだろ?」

「答える義理はない、と言いたいところだがそちらにも無関係な話ではない、か。俺としてもこいつらの存在は面倒だから、話しても問題はないのだが……」


 迷っている月の八咫烏にティターニアが近付いた。


「先ほどは、ありがとうございました。ここの主として感謝します。もちろん、皆さんにも」

「こちらとしては、ユーキを助けたかっただけなんだけどね」


 クレアは苦笑いする。

 ユーキを攫った犯人の住処に忍び込んだら、いつの間にかその犯人を助けてお礼を言われることになるなど思っても見なかったことだ。サクラやマリー、騎士の何人かも戸惑った表情を見せている。


「ここに忍び込んで来た方法には心当たりがあります。恐らく森の民――――エルフの一族に伝えられている方法でしょう。しかし、この男の方法には心当たりがありません。私一人では為す術もなく倒されていたはずです。せめて、対抗策を考えるためにも教えていただけませんか?」

「……驚いたな。たかが妖精だと見くびっていた。随分と流暢に話す上に筋が通っている」

「人間の方とは触れ合う機会が多かったので」


 にこりと笑うティターニアに月の八咫烏は随分と驚いていた。その言葉にも理を感じたのか、しばらく考え込んでいるようにも見える。

 いつの間にか止まった頭部の出血を気にしながらも、月の八咫烏は袖で血に濡れた仮面を拭いながら、倒れ伏した男の素性を明かし始めた。


「こいつは『秘密の園』と呼ばれる、この世界のどこかにある……ここと同じような異界からの刺客だ」

「秘密の、園?」

「あぁ、そこには大妖精の様に主がいて、時々、若者を攫ってしまうという言い伝えがある」

「失礼。目の前に大妖精本人がいるのに言うのは失礼かもしれないが、それも大妖精だったりするのではないのですか?」


 アンディが疑問の声を上げる。それに対してティターニアは気分を害したような素振りを一切見せず、続きを促す。


「この話には続きがある。そこではある秘薬が振舞われ、楽園のような一時を過ごすことができるらしい。そして、気付くと若者は元の世界に戻されている」

「何も問題ないじゃないか」


 ユーキと違って、無事に戻ってきている。そんな考えが浮かぶが、次の言葉ですべて吹き飛んでしまう。


「戻ってきた者は既に別人だ。洗脳され、楽園の主の操り人形と化す。すべては、再び楽園に戻りたいがためにな」

「聞いたことがある。一夜限りの狂乱の宴に招かれて、再び戻りたいならばと使命を託される。そんな夢に誘われて、人格が変わったり、いなくなってしまったりすることがあるって」


 アイリスが男を興味深そうに見つめる。


「そうだ。そして、俺はそうやって秘密の園の主の手先ととなったものをハシシと呼ぶ」

「ハシシ……?」

「聞きなれない言葉だろう。そうだな、『秘薬に狂った者』という意味で覚えてくれればいい。実際、戦っているときの様子だって、狂っているようにしか見えなかっただろう」

「確かに、今回も前回も、明らかに常人のそれとは違っていた……」


 フェイもハシシと呼ばれた男の顔を見下ろして頷いた。

 今でも脳裏に気色悪い笑みを浮かべた顔と声が浮かんでくる。それほどまでに強烈な印象があったのは否定できない。


「おまけにコイツは、俺も何度か顔を合わせている。いわゆる幹部クラスだ。正直、あまりやり合いたい手合いではないな。悪いが、こいつの処分は騎士団の方に任せる。聖女殺しを企んだんだ。公に捌いておいた方が王様の顔も立てられていいだろう。ただし、俺の拘束用の魔法は一日ともたないからそのつもりでいてくれ」

「わかりました。ここは我々が責任をもって王都まで連れて行きましょう」

「アンディ様。お言葉ですが、この者を連れて行くには少々危険すぎませんか?」


 メリッサが苦言を呈する。

 確かに、ここまでの人数を揃えてできのたが拘束だ。一歩間違えば、いつ寝首をかかれるかもわからない。


「かといって、ここで首を斬り落とすわけにもいかないでしょう。首から下を再生されでもしたら、せっかくの拘束も意味がなくなってしまいます。王都の専門家に任せておいた方が無難でしょう。確か、クレア様が拘束魔法を習得されています。念入りにかけて移送すれば何とかなるでしょう」

「まぁ、習ったから使えなくはないけど、さ」


 どこか不安そうに答えるクレアに月の八咫烏は首を振る。


「とりあえず、当分は俺もいる。その際に練習すればいいだろう。ダメな点は指摘してやるから、やれるだけやってみろ」

「……何だろう。ちょっとムカつくけど、いい機会なのは確かだね。実際に強い奴に効くかどうかってやってみたいところだし」


 言っていることとは裏腹に、どこか嬉しそうな表情を浮かべる。まるでモルモットを前にしたどこかの宮廷錬金術師のようだ、とは口が裂けても言えないマリーだった。

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