共闘Ⅰ

 まだ暑い日差しが降り注ぐというのに、空気は張り詰め、肌に突き刺さるような寒さすら感じさせる。

 流石に男もティターニアと月の八咫烏を同時に相手取るのは不利と悟ったのか、表情が険しくなる。どちらからの攻撃にも対応できるように、初めてここで両手を前に構えた。


「面倒な……お前さえ来なければ、もっと楽に仕事が済んだのによ」

「ほう、それにしては随分手こずっていたようじゃないか」


 月の八咫烏はティターニアを意に介さぬ様子で、男だけに視線と敵意を向ける。それは自分が攻撃されないと高をくくっているのか。はたまた、それだけ余裕がないのか。ユーキからは仮面越しに読み取ることができなかった。

 ただ一つ言えるのは互いに手傷を負っている以上、長期戦は考えられない。少なくとも、今まで以上の攻防が繰り広げられる可能性が高い。

 それは初めてこの二人を見たティターニアの視点に立ってみても言えることだった。一方は妖精庭園に侵入し、自分を呪い殺そうとした男。もう一方は、その男を怯ませるほどの実力の持ち主。

 自分が行動を起こせば、どちらにどう転ぶかわからない。無暗に手を出せる状況ではなかった。一挙手一投足どころか、呼吸の音すらも何かの引き金になりそうな緊迫感すら感じられる。


「……おい、ここらは引き分けってことにしようじゃねえか。お前の傷も浅くはないんだろう?」

「……」


 男の言葉に僅かに身動ぎするが返答はなかった。じっと仮面の奥から様子を窺い、出方を見計らっている。風が通り抜け、刃ではない木の葉が舞う。その最中、一際強い風が駆け抜けたとき、再び二人の距離がゼロになった。

 踏み込んだ足が地面へとめり込み、拳がぶつかり合う。二人を中心に衝撃が起こり、木の葉が弾け飛んだ。


「「……ちっ」」


 互いに相手の拳を潰そうとしたのだろうが、無事なことがわかり舌打ちが響く。そのまま、二撃目を放とうと体の輪郭が一瞬だけ膨張するのが見えた。


「おらぁ!」

「はぁっ!」


 思いきり振りかぶる男に対し、月の八咫烏が最短距離で突きを放った。

 脇腹に突き刺さるも、巨大な筋肉と障壁を貫くことはできない。即座に姿勢を崩しながら迫りくる丸太のような腕を潜り抜けた。

 男が振り向くとそこには既に月の八咫烏が構えている。それも拳が肌に触れるかどうかという超近距離で、だ。


「何を――――」


 男の口からそれ以上、言葉が出ることはなかった。

 魔眼にすら映らない素早さで拳が繰り出されると、遠目からでも拳が確実に体の奥深くまでめり込む様が見ることができた。


「……いくら障壁があろうが、それを展開する空間がなければ飾りにもならない。過信しすぎだ」


 血反吐をまき散らしながら呻き声を上げる男に更に蹴りが放たれる。

 集中力が途切れ障壁に意識が向いていないようで、それもまた腹のより内側へと食い込み、体が宙へと浮き上がる。

 その浮き上がった背には、上から拳がハンマーのように振り下ろされる。男は白目を剥きながら地面へと倒れ伏した。


「やっと、倒れたか。相変わらずしぶとい……!?」


 月の八咫烏が驚愕したのも無理はない。確実に気絶したはずの男が、素早く足を掴んでいた。そのまま、倒れた状態で無造作に明後日の方向へと投げ飛ばす。

 月の八咫烏は後頭部と背中を打ち付けた直後に低空で地面すれすれを滑空し、二度、三度と体を跳ねさせる。地面をものすごい勢いで滑り、そのまま大木に激突した。

 唖然としてしまったユーキとティターニアの前で、男が白目のまま立ち上がる。


「ふひっ、ふひいいいいいいいひひひっ!」

「あいつ……前の時も!」


 フェイが男を撃退した時も、似たような笑いをしていたことを思い出す。


「痛みか何かで限界を迎えると暴走でもするのか!?」


 どこのロボットアニメの設定だと頭が痛くなるが、そんな呑気なことを言っている場合ではなかった。男の顔がぬっとユーキの方へと向いたからだ。その瞬間、ユーキは自分が狙われているのだと直感で理解し、後退する。

 あれほどの攻撃を受けても倒れない相手に恐れるなというのが無理な話だ。この時ばかりは、巨大な蛇より、崩れていく世界の光景より、何度倒しても起き上がる男の姿の方がユーキにとって恐怖だった。

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