四つ巴Ⅸ
自分の左肩に鋭い痛みが走ると共に、骨に当たったのか鈍い嫌な音が響く。
思わず膝をつくユーキの右腕を男が掴み、地面へと放り投げた。顔面からつっこんだユーキはもはや立てる状態にはない。それでも、何とかして一矢報いようと仰向けになる。目の前にはナイフを順手に持ち替えた男が仁王立ちして、ユーキを指し示していた。
「まだ動けるか。案外しぶとい奴だ。だが、この呪物を破壊しない限り、お前に勝ち目は――――」
「では、破壊するとしよう」
頭上から影が降りてきたと知覚した瞬間、ナイフの刃先から中ほどまでが突如として消えた。何が起こったか三人が理解する前に、柄を握っていた右腕が曲がってはいけない方へと折れる。
男が悲鳴を上げるよりも先に、その顔面に裏拳が叩き込まれた。そのままの勢いを利用し、背中から地面へと叩きつけられる。
「がはっ――――!?」
「お前は――――」
黒髪に仮面。その組み合わせを見た瞬間にユーキの中で思い浮かぶのは一人しかいなかった。
「――――月の、八咫烏!?」
ナイフが折れたことで呪いが霧散したのか。すぐに体が軽くなる。声にも力が戻ってきた。
しかし、目の前の月の八咫烏をユーキは不思議に思った。
「(怪我をしている?)」
仮面の一部は白から赤に染まり、今もなお染まり続けている。頭部のどこかからの出血が止まっていないようだ。それだけではない、ユーキたちを多人数相手取っても余裕を見せていたはずなのに、今は肩で息をしているほどだ。
だが、それも無理はないと思った。ユーキも魔眼で追いきれないほどの素早さだったのだ。何とか頭の中で思い出すことで、何が起こったかを理解できるほどの常軌を逸した攻撃速度。
真上からの着地と同時にナイフを交差していた両手で左右から振り抜いて折り、次いで肘の関節を極める。そのまま腕を折ると同時に顔面を殴り、膝裏に足をかけて思いきり地面に叩きつける。それを一秒もかからずに実行した。
怪我をしていなくても、そんな動きをすれば息の一つも上がるだろう。
「まったく、面倒な……。まさか、
その声音は心底驚いていて、焦りすら感じさせた。
それもそのはず、まだ男はゆっくりと立ち上がろうとしているからだ。体にはかなりのダメージが蓄積しているのは間違いない。それでも、一貫して普通に動くことができるのは異常としか言いようがない。
「そういう裏切り烏の貴様こそ、こんなところで何をしている。まさか、お前の目的も……」
「お前と一緒にしないでくれ。反吐が出る」
どうやら互いに知った仲ではあるようだが、どう考えても良好な関係には見えそうにない。月の八咫烏の行動を考えると、いつ殺し合いが始まってもおかしくないと言える。
「ここで会ったのも何かの縁だ。今すぐ、この場で、ひき肉にしてやる!」
「抜かせっ!」
互いに繰り出した右手が激突し、その狭間で白みを帯びた衝撃波が炸裂する。それぞれの体を守る魔力の障壁が衝突して互いに食い破れなかった結果起きた現象だ。
二人の間を割くように拳の真下から左右に草花が千切れ跳ぶ。その直後、二人の間に今度は爆発が起こった。
「誰かわかりませんが、これ以上、森を荒らすなら私にも考えがあります」
呪いから解放されたティターニアが魔力の爆発を起こしたようだ。爆風に逆らわず、即座にバックステップで躱す中、ユーキだけはゴロゴロと転がっていく。
何とかして止まり、左右を見渡すと魔眼には身の毛もよだつような光景が広がっていた。
右には長老を名乗る男が紫の光を。左にいる月の八咫烏は相変わらず抜け落ちたような黒。そして、その二人を押し潰さんとばかりに正面からは緑の光を放つティターニア。
特にティターニアの光の規模は他の二人を圧倒している。敵意を向けられていないユーキですら、肌がピリピリと痛む程だ。
百歩譲ってティターニアは仲間と判断しても良いが、残りの二人は論外。ユーキは右手の人差し指に魔力を集め、左右のどちらにもガンドを放てるようにして構えた。
だれかが動けば、誰かが連鎖的に反応して戦いが始まる。震えそうになる指を腕全体に力を入れることで何とか抑えつけるが、そう簡単に収まってはくれない。
ユーキは敵わないと思いながらも誰かが手を退いてくれることを祈る。歯を食いしばって恐る恐る見渡すが、その空気が変わることをなかった。
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