四つ巴Ⅶ

 想像していなかったは、なんとかその場に踏みとどまった。

 あばらを抑えながら咽るその口からは血が零れ落ちていく。ゆっくりと左へ顔を向けるとそこには空中を吹っ飛んでいったはずのユーキの姿があった。


「この、クソガキが……何しやがった……」


 怒りで顔を赤くしながら男が一歩踏み出した。

 その表情を真正面から見返して、ユーキはガンドを放つ。


「ごっ――――!?」


 何も見えないにもかかわらず顔面に衝撃が奔り、地面へと仰向けに倒れる。遅れて鼻の奥でむせ返るような鉄の匂いを男は感じた。

 視界に銀色の流れ星がちかちかと瞬き、思うように四肢が動かない。何とか肘を立てて顔を下へ向けると鼻と口からさらに多量の血を零す。


「やるじゃ、ねぇか」


 それでも、男の顔には笑みが浮かんでいた。そこには歓喜の色はなく、ただ獰猛な獣が牙を剝き出しにして獲物を狙う姿だった。

 背筋を冷たいものが流れ落ちる。蛇に睨まれた蛙の如く、ユーキの足はその場で根を張ってしまい動かない。僅かに手が震えるのを何とか堪えて、睨み続ける。


「坊主……名前は?」

「――――お前のようなやつに、名乗る名は、ない……!」

「そうか。奇遇だな。俺にも名乗る名がない。言わないのではなく、名が、ないのだ。近い者たちは俺のことを長老と呼ぶがな」

「長老?」


 その言葉に違和感を覚えずにはいられなかった。男の見た目はどんなに高く見積もっても三十代前半。ユーキの見立てでは二十代半ばに見えたからだ。

 何らかの村の長的な肩書なのだろうと自分を納得させながら、更に指へと魔力を込める。


「まぁ、くそみたいな自己紹介なんざ、どうでもいい。大切なのは感覚が戻ったって所だ。待っててくれてありがとよ」

「しまった!」


 後悔しても遅かった。男はナイフを逆手に持ったまま、予備動作なしにユーキの目の前に現れた。その足が深く沈みこむと同時に銀色と紫の光が空中に一筋の弧を描く。

 辛うじて後ろへと飛び退って避けたユーキは頭から血の気が下がる感覚に襲われる。魔眼の視界に朧気に浮かんだ一閃を見逃していたら、喉がぱっくり裂かれていただろう。

 後退しながらガンドを放つが狙いが定まらず、男の足元が大きく爆ぜた。


「なかなかの威力じゃねぇか。一撃の重さはさっきの爆風とは比べ物にならねぇな。だが――――」


 ユーキの着地と同時に、再び目の前に男現れる。


「――――こうやって、当てねぇと意味ないだろうがっ!!」

「――――がっ!?」


 アッパー気味に放たれた一撃がユーキの腹のど真ん中に突き刺さる。下がっていた慣性もあってか、そのまま後ろへと吹き飛び、地面を二度三度と転がった。離れた木の幹に当たって、ようやく勢いが止まり、地面へとずり落ちる。


「ぐっ……っつ……」


 内臓まで達する衝撃に、腹を抱えたまま悶絶する。口から血こそ出てはいないが涎が頬にかかり、涙が零れ落ちた。息をすれば痛みが走るので、呼吸すら満足にできない。蹲るユーキの頭に男の足が乗せられた。


「ま、いい根性してるが、この程度だ。残念だったな、坊主」

「が、ああああ!」


 ゆっくりと万力で締めあげるように足へと体重がかけられていく。頭蓋骨が軋みを上げるが、ダメージがまだ引かず抵抗できない。何とか両手で頭上の足を掴むが、持ち上げるどころかずらすこともできないでいた。


「はっはー。非力貧弱極まりない。所詮はこの程度だ」


 更に体重をかけようと男が上半身を前に傾ける。男が己の足に強烈な痛みを感じたのは同時だった。遅れて、衝撃に落ち葉が舞い上がる。


「いっでぇ!?」

「ぐっ……くっ……」


 奇しくも男が立ち上がったようにユーキも肘を立ててゆっくりと起き上がる。すぐ隣に足を抱えて顔面から地面に突っ伏した男へ指を向けた。

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