四つ巴Ⅵ

 木の葉による斬撃、蔦による殴打と拘束、そして力任せに叩きつけられる魔力の奔流。ティターニアの放つ攻撃は自らコントロールをしているだけあって、絶妙のタイミングで男を襲い続ける。

 しかし、そのどれもが決定打に欠けていた。何十と襲い掛かる葉は、肌を切り裂くだけに留まり出血もほとんどない。高速で振るわれる蔦は肌を赤くするものの男は呻き声一つ上げない。そして魔力の塊を叩きつけて吹き飛ばしているが、それも後退させるのみで次第に踏みとどまる素振りすら見せている。


「なるほど、一人でここに侵入してくるだけはあります。お強いのですね」

「誉めたってなにも出ねぇがありがとよ。これでも体の頑丈さと体格に見合わない素早さが自慢なんだ。変装もやれるが好きじゃねぇ。やっぱ、正面切ってやり合うのが俺にはあってるぜ」

「その気性の荒さは、やはりここには似合いません。どうぞ、お引き取りを」


 ティターニアが手を振りかざすと、また何十枚という葉が手裏剣のように鋭く、不規則な軌道で舞い踊る。


「いい加減。効かないって気付けや」


 うざったそうにしながらも両手を顔面の前でクロスしながら、前進を始める。足首の拘束も足を振り上げて引きちぎりながら、物ともせずに進む。

 ティターニアが逃げないという前提があれば、間違いなく男は彼女の下に辿り着くだろう。ほんの少しの隙でも見せれば、先程の言葉とは裏腹に一気に決着をつけるつもりでいた男だが、絶妙なコンビネーションで襲ってくる植物の攻撃に慎重にならざるを得なかった。

 そんな中、不意に攻撃が止んだ。


「これが最後です。できれば命までは奪いたくありません」

「――――馬鹿がっ!」


 ほんの一瞬であった。

 まだ葉がティターニアの周りに飛び回っていたにもかかわらず、男は行けると判断したのか魔力を足だけでなく全身に行き渡らせ、真正面から弾丸のように突っ込んでいく。

 一度攻撃の手を緩めたせいで、動き出すのが遅れてしまったティターニア。自らの周りにある葉の刃に自ら突っ込んでくるとは思っていなかったせいで、反応などできるはずもなかった。


「大人しくしててもらおうか――――!?」

「――――愚かですね」


 腰から引き抜いたナイフをティターニアの首筋へと押し当てようとして、そのまま男はティターニアの体を

 その先には濃い紫色の花と共に緑の細長いサヤがぶら下がる植物が密集していた。


「『――――』」


 その言葉をティターニアが告げると同時に、男の体中に鋭い衝撃が奔る。

 サヤの中の種子が散弾銃に様に飛び出し、男の体にめり込んだのだ。しかもそれだけではない。飛び出した種子が他の鞘にぶつかり、その衝撃でさらに引き金が連鎖的に惹かれていく。

 その種子一つ一つには魔力が籠り、一発だけでも銃弾の威力に達するほどだ。乾いた音とは正反対の重い威力に悲鳴すら上げられない。男の体は反動で空中に固定され、不自然な格好で痙攣しているようにも見えた。

 一秒という短い間に何十発も浴びた男は、そのまま地面へと倒れていく。


「……さて、後はこの人を外に……?」


 何とか気絶させた男を妖精庭園から追放しようと手を掲げようとしたティターニアだったが、立ち眩みに襲われる。

 何事かと思案していると足元から笑い声が聞こえてきた。


「くっくっくっ……やはり妖精は愚かだよなぁ。妖精庭園に侵入してくる奴が妖精対策していないとでも?」

「一体、何をしたんですか?」

「別に、只ナイフで切っただけだ。ただし、只のナイフじゃない。お前らみたいな奴の為に呪いを封じ込めて作ったナイフだ。斬れはしないが、人間でいう眩暈や倦怠感、吐き気に襲われる。時間が経てばさらに悪化して死に至るってわけだ」


 面白そうにティターニアの前で抉れた頬から血を流しながら告げた。


「この森の中には人間様の呪詛なんて毒はねぇ。だからお前にはこれを解毒する方法がない。お前が少女の所まで案内するのなら、助けてやってもいいが……どうする?」

「卑怯者っ……!」

「卑怯結構、俺にとっちゃ誉め言葉だ」


 そのまま、ナイフをもう一度一振りするとティターニアの肩口を通り過ぎていく。

 数秒遅れて頭を抑え始めるティターニアに満足そうに男は問いかけた。


「気が短いからよ。今すぐここでお前さんを殺して、元に戻った森でガキ探ししても俺は良いんだ」

「……お断りします」

「そうか、そうか。だったら死ねや!」


 何とか飛び退りながら葉を向かわせるティータニアだったが、男の方が何倍も速い。即座に懐に潜り込まれ、遅れて風切り音が唸った。

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