四つ巴Ⅴ
ティターニアの表情が僅かに歪む。
それを嬉しそうに舌なめずりする男だったが、一瞬だけ表情を歪めると同時にその姿が掻き消える。
「なっ!?」
ユーキも何が起きたのかは理解できなかった。土煙と共に木々が根元から倒れたり、幹の半ばあたりから折れてしまったりしている惨状から、爆発でも起きたのだろうかと推測することしかできなかった。
「……やりたくはありませんが、ここで戦うしかないようですね」
その呟きを聞いて、ユーキは勘違いしていたことに気付いた。ティターニアが苦しそうな顔をしていたのは追い詰められているからではなく、男を追い出すためには森を傷つけるほどの規模で魔法を使わなければいけないからだ、と。
それでも、まだ力を抑えていたのだろう。その体から迸るオーラは、今までの比ではない。
「ちっ……面倒な羽虫だ。抑えつけるにも時間が、かかりそうだ」
めり込んだ木の幹から、悪態をつきながら体を引き抜く。あれだけの衝撃があったにもかかわらず、ほとんど無傷のように見えた。
ユーキは加勢しようかどうか悩んでいるとティターニアが話し掛けてきた。
「逃げなさい。ここは私の庭。自分の庭に入ってきた者への対応は私の役目です」
「で、でも……!?」
「それに、あなたにそれを使わせるわけにはいきません。今は、逃げて」
ティターニアの視線はユーキの右人差し指に向けられていた。
そこまでしてでも、ガンドを使うなということに思わずユーキは聞き返す。
「どうして、これを使っちゃいけないんだ?」
「使うたびに、あなたの大切なものが消えていくからです」
その言葉に思わず言葉が詰まる。
ティターニアの言葉から考えると、知らない内にユーキは何かを代償にしてガンドを放っていたことになる。本来ならば、体調を崩す程度の呪い。それが対魔法防御用のミスリルの壁すら穴を開ける威力になるのは、単純に魔力が大きいだけでは説明ができない。
代償にしているのが、もし寿命などの取り返しの使いないものであったとしたら――――。そう考えると冷や汗が止まらなくなる。
「どうするよ。坊主。何があるかは知らんが、戦うには力不足みたいじゃねぇか」
「――――」
自分は一体何を犠牲にしていたのか。まったく心当たりがないが故に、進むことも退くこともできずにいる自分に気付いた。
いつまでも動かないユーキにティターニアは痺れを切らし、もう一度呼びかける。
「何をしているんですか。お早くお逃げなさい!」
「はっはっはっ。何だ、仲間割れか? 何なら今から二人同時にぶっ飛ばし――――」
男が言葉を言い切る前に先程の数倍の威力の爆発が起こる。
一撃目は制御されていたせいか、ユーキの所にまで爆風は届かなかったが、今度はユーキも爆風に煽られて後ろへと吹き飛んだ。その勢いのまま何度か後転と横転を繰り返し、何とか止まることができた。
「いってぇ……」
「わかりませんか? あなたがここにいてもするべきことはありません。そのまま、
ユーキが理解するよりも早く、コートの袖や首回りが木の枝に引っ掛かるような感覚が伝わってきた。
不思議に思う間もなく、引きずられるようにして加速を始め、見えないジェットコースターに乗っているかのように空中を飛んでいく。
「うわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ………………・」
大木を猛スピードで避けながら、あっという間にユーキの姿は森の奥へと消えていった。
安どのため息を吐くティターニアの目の前で、土煙の中から再び男が現れる。
「ほう、ここじゃあ、ちっせぇ妖精でもあれだけの力が出るのか。面白れぇな」
「あなたにも妖精が見えるのですか?」
「いんや。何となく話の流れからそうかと思っただけだ。それより、もう一度聞くが少女の下へと俺を案内しちゃくれないか?」
笑みも顔から消え、真顔で問いかける。それに毅然とした態度でティターニアははっきりと否定を示した。
「そうか。そいつは嬉しい。なんせ大妖精とバトルできるなんて、なかなかできない経験だからなぁ」
「人間の中には、あなたのような考えをもつ人もいるのですね。ハッキリ言って、狂ってます」
「お互い様だろ。種族によって考えが違うように、個人によって考えが違って当たり前だ。後はそれが多数派か少数派かの違いだ。寝ぼけたこと言ってんじゃねぇぞ?」
「いずれにせよ。あなたにここを出て行ってもらうのは決定事項です。痛い目を見ない内に、と言っても聞きそうにありませんね」
「はっ、わかってんなら最初から言うんじゃねえ!」
男の姿が掻き消えると同時に、森の中へ三度目の轟音が響き渡った。
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