妖精庭園Ⅱ
鬱蒼と生い茂る植物をかき分けて進んでいたチャドの脚が急に止まった。
フェイたちがチャドの背中を追って歩き始めて数分。気付かない内に木々の形だけでなく、周囲の植生が様変わりしていることに皆が気付き始めた。
「もう、ここが……?」
「あぁ、妖精庭園の中だ。流石に我々であっても、妖精庭園と本来の森との違いを認識できるわけではない。境界なんてものは曖昧だからな。気付けば迷い込んでいる。そういうものだと思った方がいい」
視界の端で捉える程度に振り向いたチャドは、すぐに前を向くと再び足を動かし始めた。
その後を遅れないように必死でついて行く。同じ道を通っているはずなのに、チャドの背中はドンドン遠くなるばかりだ。
「エルフは森を歩くとき、無意識に歩きやすい場所を選んでいるって聞いたけど、こんなに違うのかよ……!?」
マリーが驚愕の声を挙げるとチャドは急に振り返った。
後ろから追いついてくるのを待って、全員がついてきていることを確認すると苦笑した。
「失礼。君たちとは少々感覚が違うことを忘れていた。今からは少しばかり速度を合わせよう」
「そうしていただけると助かります。因みに妖精庭園の中央までは、このままいくとどれくらいかかりますか?」
アンディの質問にチャドは首を振る。
「ここは思っている以上に視覚や聴覚、或いは触覚が惑わされやすい。正直、私でもそれは把握できないな。地図上では三十分もかからないだろうが、何時間かかることやら……」
その顔が向いた先には永遠と続くように思われる緑が続いていた。だが、その更に果てを見ようとすると、途端にその先が暗黒の世界に感じてしまう。
ゾワッっと怖気のようなものが背筋を這い上がるのをここにいる誰もが感じ取った。まるで森という名の巨大なモンスターが口を開いて待っているかのような感覚になる。これ以上進めば、取り返しのつかないことになるのではないかという不安と恐怖が心を満たし始めていた。
「それでも、私たちは進まなきゃ」
「……別に君たちが行く必要はないと思うのだが?」
「あのな。友達が攫われたんだ。それを助けたいっつーのは当たり前の感情だろ?」
「大人に任せて、ただ帰還を待つのも一つの手だ、といいたいのだが。やれやれ、どうも君たちの種族は生きるのに急ぎ過ぎている気がしてならないよ。私には、ね」
反論を重ねようと口を開いたマリーだったが、チャドの表情にどこか寂しさというか何かを羨むような感情を感じ取り、口を開けたまま見つめてしまう。
「――――何だ? 私の顔に何かついているか?」
「い、いや、何でもないぜ。それより、さっさと進もう。変な奴が出てくる前にな」
不思議そうに首を傾げながらもチャドは先頭を歩き始める。
その背を見つめるマリーにアイリスは小さな声で話し掛けた。
「マリーなんか、あった?」
「いや、別に……ただ、ちょっとあの人の表情がな」
他人の表情など普段なら気にしないようなことなのに、何故か頭にこびりついて離れない。それを説明しようもないので、マリーは言葉を濁す。
「集中しないと、危ない」
「わぁーってるよ。アイリスこそ気を付けないと転ぶぞ!」
「そこまで、子供じゃ、ない」
一見、無表情に見えるアイリスの頬が僅かに膨れる。怒ってますとアピールするかのように速度を上げるアイリスとそれを追いかけるマリーを見ながら、フェイもまた歩を進める。
「アイツの狙いは一体……」
月の八咫烏。和の国で指名手配されていると言われるだけあって、戦闘力も変装能力も段違いだ。そんな相手がわざわざ自分たちよりレベルの低い相手を連れて、未知の領域に踏み込むなど怪しい以外の何物でもない。
フェイの視線はその一挙手一投足に不審なところがないか鋭く射抜いていた。ただ、その一方で企みを見抜いたとして、自分はそれを止めるだけの力量がないことも自覚している。もやもやとした感情が燻りながら、それを無視するかのように、フェイの足にもまた力が入っていくのだった。
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