妖精庭園Ⅲ
妖精庭園に侵入してから一時間程度が経過していた。
代り映えのない景色に自分がどこにいるのかわからなくなっている。
「ここだと、もうどこにいるのかわからないです。せめて印でもつけられればいいんですけど……」
「剣は抜くなってことだから木に目印も彫り込めないからね。万が一、元来た道を戻れって言われても役に立たなそうだ」
フランの呟きにクレアが返事をする。
普段よりも鋭い目つきになっているのは、未知の領域に踏み込んでしまったからだけではないだろう。武器を持っているにもかかわらず、それを使うことを禁止されている状況に過剰に反応してしまっているようだ。
左手が忙しなく、左の腰にある短剣の柄を撫でる。
「……剣や杖を抜くとどうなるのでしょうか?」
誰もが気になっていてことをメリッサが口にするがチャドは答えずに歩き続ける。
メリッサの眉毛が僅かに動く。チャドの反応を無視と取るか。あえて黙ったと取るか考えあぐねているのだろう。じっと、フェイと同じようにその背中へと視線を投げかける。
そんな視線に耐えられなくなったのかは定かではないが、歩く速度を落としたチャドは開けた空間で立ち止まると振り返った。
「ここで休憩を取ろう。歩きながら話すのは得策ではないからな」
「体力を使うという意味ですか? それとも、注意力が散漫になるという意味ですか?」
「両方だ。雛鳥を連れて歩く趣味はもっていないのでな」
言外に足手纏い扱いをされたことをすぐに悟って、マリーの瞳に怒りの炎が宿る。
「だったら、説明してもらおうか。ここで杖を抜いたら一体どうなるってんだ!?」
「試してみてもいいがやめておけ。ここは植物たちの楽園だ。そんなところで火を放ったり、斬り倒すことのできる金属の塊と見なせたりするものを振りかざせば、そこの住人たちがどんな行動に出るかわかるだろう?」
「――――――――!?」
その言葉を聞いてマリーは取りかけていた杖から反射的に手を離した。チャドの言葉を理解するよりも先に勝手に体が動いたように見える。
木々の葉が擦れる音しか聞こえないはずなのに、まるでたくさんの人間が会話している中に放り込まれた感覚に陥る。それだけではない。誰もいないはずなのに、視界の端で小さな何かが自分を見つめているような気がするのだ。
慌てて目を動かしても、何も映らない。これが飲酒の経験があるものならば酩酊状態で視線が定まらない時を思い出すのだろうが、生憎とマリーにそのような経験はなかった。どちらかというと、こそこそと人を付け回すストーカーに思えてきて腹が立ってくる。
「それは……妖精たちが反撃に出るということか」
「そう思ってくれて構わない。ここにいるすべての木々に妖精が宿っているとすれば、多勢に無勢。一つ一つの力は小さくとも、集団となる恐ろしい力を発揮する。それは君たちの種族が一番わかっているのではないかな?」
「なるほど。しかし、何故それを言ってくれなかったのですか?」
アンディの言葉にチャドは一瞬、面食らった顔をした後、唐突に顔の上半分に手を当てて天を仰いで笑い出した。
「な、何かおかしなことでも?」
「あぁ、やはり人間という種族は面白い。いや、狂っていると言ってもいい。誘拐された仲間を助けに行くというのに話し合いで解決できると思っているのか。当然、最終手段は暴力による奪還だろう? 言った所で、君たちが素直に武器を置いてくるなんてあり得ない話だ。だから私は詳しく説明しなかったのだ。君たちのように生き急いではいないが、明らかに無駄な時間を過ごすほど私も暇ではないのでね」
その言葉にマリーはグッと言葉を呑み込まざるを得なかった。先程まで、自分たちは優秀な魔法使いだから馬鹿にするなと言っていたのが仇となった。言い換えれば、妖精程度など魔法で薙ぎ払ってやると言っているようなものだからだ。
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