妖精庭園Ⅰ

 ふと気づくと、ユーキは大きな木の根元で横たわっていた。

 記憶にない場所なので、頭だけを動かして辺りを見回す。見えるのは、植物ばかりで一体どこなのか判別がつかない。

 ユーキは初めて、こちらの世界に来た時のことを思いだした。


「……既視感あると思ったけど、今度は一体どこの山の中だ? この年になって迷子になるのはごめんだぞ」


 そう呟きながら、自分の頬を抓る。

 記憶が確かならば、自分は場所の中にいたはずだ。魔法で眠らされて、馬車から放り出された可能性も零ではないが、サクラたちがやる理由が見当たらない。

 どちらかと言えば、マリーたちが見たという幽霊の仕業という方がまだ納得ができる。最後に目に入った女性の顔を思い出そうとするが、霞がかかったようにその顔が思い出せない。


「とりあえず、ここから移動した方がよさそうだ」


 ユーキの中では、幽霊の女性に攫われてきたものだと推定して動くことになった。

 立ち上がったユーキがお尻についた土を払いながら、もう一度、辺りを見回すと自分の重心に違和感を覚えた。次いで、自分の装備品がやけに軽いことに気が付く。


「……マジか」


 左手を何度か腰に這わせた後、目視で確認して溜息をつく。

 まだほとんど使ったことのない剣が鞘ごとどこかに行ってしまっていたからだ。慌てて、自分の右手を見ると、魔法発動の媒介としている指輪は何とか嵌っていた。少なくとも、これでガンドと火の魔法は扱える。


「――――ねぇねぇ、迷子さん?」

「――――!?」


 急に甲高い声が耳元で発せられる。

 思わず振り返って右手の指を向けるが、そこには何もいない。てっきり、自分を連れ去った犯人かと思って警戒していたのに、肩透かしを食らった形になる。緊張からくる幻聴かと思い手を下げると、再び目の前の空間から声が響いた。


「何をしてるの? おかしな子」

「誰だ!? 誰かそこにいるのか!?」


 後退りしながら、指へと魔力を集めるが、一向に相手は姿を現さない。

 魔眼を開こうと考える中で、一抹の不安が脳裏を過ぎる。もし、視界に再びあの女が現れたら攻撃していいものなのか。自分を攫った相手だろうから大丈夫、と考える反面、どこか心のどこかに引っ掛かった感じもする。


「――――だめだね。声は聞こえるけど、見えないみたいだよ?」

「ほんとだ。また後で来ようよ。見てもらえないんじゃ、つまらないし」

「そうだね。ここにいたら怒られちゃうから、また今度だね」


 見えない存在は二人いるらしく、ユーキを他所に会話している。


「じゃあ、迷子さん。今度までに見えるようになっててねー?」


 黙って聞いているとだんだん離れて行っているのか。声が次第に遠ざかっていき、最後の部分はほとんど聞こえなくなっていた。


「なんだったんだ? 今のは?」


 手を構えたまま、視線をあちこちへと移す。

 こんなことなら、今からでも魔眼を開くべきだろうかと考えるが、見えない声の持ち主が言っていたことを思いだす。


「ここにいたら怒られる、か。つまり、今の二人の存在を見とがめる様な奴は周りにはいないってことか」


 さらに言い換えるならば、ユーキを見張っている存在もいないという風に捉えることもできる。意を決してユーキは魔眼を開く。記憶の片隅に残っている緑色のオーラに満たされた光だ。

 そして、予想通りと言うべきか。そこに生命体のいるような気配はない。

 ゆっくりと木の根に足を取られない様に気を付けながら、視界の端にある小道へと進んで行く。落ち葉も堆積しておらず、木の枝もないので、足音にはそこまで気を配らなくてもよさそうだが、何分見えない相手ということと攻撃が効かないかもしれない、という考えが行動を慎重にさせる。

 何よりユーキが恐れているのは女性の存在だ。


「(――――ふざけんなよ。俺だって幽霊が大嫌いなんだ!)」


 夜中のトイレにも電気をつけないといけないほどの幽霊嫌いなユーキにとって、見えない敵というのは冷静な判断を失わせるには十分だった。幸か不幸か、クレアやマリーから幽霊という情報を聞いていなければ、さらにパニックになっていただろう。

 深呼吸しながら、小道まで辿り着くとユーキは魔眼を開いたまま一気に道の先へと走り始めた。

 その背中を元いた木の傍らから、件の女性が見つめているとも知らずに。

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