一時避難Ⅶ

 目的の場所へと辿り着いた一行は、目の前に広がる景色に疑念を抱く。

 見えるのは木、木、木、木。また隙間の先に木。葉と枝と幹という木の構成要素しか見当たらない。地図上で見るのとは違って、どこが侵食して領域を広げようとしている場所なのか認識できない。


「ふむ、これを作った時よりも少しばかり範囲が広くなっているのかもな。思っていた以上に成長が早い」


 緑色の貫頭衣を外套代わりに着たチャドは目を細めて、森へと近寄った。跪いて、足元の土を摘まんで軽く捏ねながら辺りを見回す。

 サクラやマリーたちからすれば、何をしているのか全く見当もつかない。そして、チャドも説明をするつもりはないようで、おもむろに立ち上がるとスタスタと歩いて行ってしまう。


「チャド殿。お待ちください。一人で進まれては危険です」

「エルフは森との付き合い方を知っている。君たちと一緒にしないでほしい」


 アンディが慌てて追いかけると、フェイを先頭にみんなが続く。

 声と足音から、背後の様子がわかるだろうに、チャドは振り返らずに近くの木に寄っていくと、再び屈んで木の根の近くに先程捏ねた土を近付けた。


「何を、してるの?」

「私が持っているのは、妖精庭園の領域に入っていない村で採取した土だ。そんな物を領域に近づけたら、どんな反応が起こると思う?」


 チャドは自慢するわけでも、見下すわけでもなく、淡々と問いかけたアイリスに問い返した。目は細められ、回答を催促しているようにも見れる。

 しばらく黙ったアイリスは、やがて一つの可能性を指摘した。


「侵食が始まる?」

「正解だ」


 その答えを待っていたかのように、大地に深く突き刺さっているはずの若木の根が音もなく、土から引き抜かれた。まるで念力で掘り起こしたようにも見えるが、それは違った。


「トレント!?」


 アンディとフェイが慌てて剣の柄に手をかけるが、それをチャドは手で制した。


「いいや、これはトレントではない。大妖精の力の一部が木を動かしているんだ。尤も、あくまで木という枠を超えることはできないから、できることは枝を揺らしたり、根を動かしたりする程度だ。移動や急成長などという規格外な動きはできない」


 タコの触手のように伸ばされたそれは、チャドの指から土を掬い取ると満足気に元の場所へと戻っていく。罅割れていたはずの地面も数秒で何があったかわからないくらいまでに復元していた。

 魔法という力には慣れていても、やはり自分たちの知識外の力には唖然とするしかなく。フランに至っては、怯えて二歩ほど離れてしまう。


「だ、大丈夫なんですか?」


 サクラも頬を引き攣らせながら質問をしてしまうのも無理はない。トレントのように枝や根を思いきり振るわれたら、骨折は必至。当たり所が悪ければ一撃で死にかねない。


「トレントは魔物として、木の特徴を残しながら、『動くこと』を目的に進化した。これはあくまで木を無理矢理動かしているに過ぎない。では恐れることは何もない。そして、これから妖精庭園に突入するわけだが、メンバーはこれで本当にいいんだな?」


 チャドはやっと振り返って周りを見渡した。アンディを始めとしたフェイを含む騎士十名。クレア・マリー・サクラ・アイリス・フラン、そしてメリッサの計十六名だ。


「少数精鋭。あまり多くの人数で踏み込むのもあまりよくないのでしょう?」

「私の忠告を聞いていただけて何よりだ。できれば、子供の人数も減らしておきたかったのだが……」

「一応これでも、みんな魔法使いとしては優秀なんだぜ」


 明らかに見下した目にマリーが心外だ、と抗議する。

 しかし、チャドのそれはマリーが考えていることとは少し違った。


「もう一度だけ言っておく。侵入したら、こと。もし、それを破ってしまった場合は――――」


 一度、言葉を区切って全員の顔をゆっくりと確認する。最後にもう一度、不満げなマリーを見つめて、チャドは告げた。


「――――全速力で元来た道を逃げるんだ」


 それ以上は聞かぬとでもいうのか。森へと視線を戻したチャドは、ずっと握りしめていた片方の手のひらを開いて、その中の物をばら撒いた。


「行こう。悪戯好きの妖精たちの巣窟へ」

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