消えぬ怒りⅤ

 サクラが片付けている横でユーキもまた自分自身に対して不思議な感覚を覚えていた。

 いや、むしろ冷静過ぎるくらいに自分の行動を振り返り、あまりにも予想外な対応で驚いている。


「(――――普通、あんな怖い顔の大人に喧嘩売るような真似しないだろ……。何であんなことやってんだよ、俺)」


 普段なら絶対にしない。

 オーウェンの時と同じで最悪の場合、ルーカスか伯爵に頼ることができる。今回の場合、その最悪の場合を引き起こすかどうかの危険性が圧倒的に上だった。下手すると治癒魔法でも相当時間がかかるくらいボコボコに殴られていたかもしれない。

 臆病とまではいかないが慎重な自分の性格上有り得ない行動にため息をつきたくなる。


「(どうして、こんなことになったんだか……)」


 自分のせいにされた瞬間、ユーキの中で怒りという感情が湧いたのは事実だった。事実ではあるが、それ以降の自身の行動は覚えていない。

 先程、サクラに説明した内容も全て後付けだ。よくもここまで平然と嘘を並べ立てることができたものだと感心する。頭の回転がいいと言えば聞こえはいいが、前世が詐欺師だったと言われても、今ならば信じられる。

 今は感じられない感情の昂ぶりに疑問を感じながら作業を進める。そんな中でウンディーネがユーキだけに話し掛けてきた。


「(ユーキさん。落ち着きましたか?)」

「(あぁ、一応な)」


 流石に声を出して答えるわけにもいかないので、ユーキは黙って心の中で返す。

 相変わらず、テレパシーというのはどんな理屈で思っていることと伝えたいことを区別しているのか、不思議に思いながらも返事をする。


「(さっきのことですけど、サクラさんに言ったこと。嘘ですよね?)」

「(まぁ、全部が全部嘘ってわけじゃないけど、さ)」


 結果的にやってしまったことは、ユーキの中では問題ないと思っている。だから、先ほど言ったことは間違いでも嘘でもない。ただ、順番が違うことが問題なのだ。


「(ユーキさんが怒った時、嫌な魔力の感じがしました。それこそ、前に見た渾沌のような得体のしれない何かを)」

「(まるで俺の感情で魔力の質が変わったとでも言いたげだな)」

「(まさにそれです。感情によって魔力の増減はありえますが、魔力自身が変質するなんて聞いたことも有りません。サクラさんも心配していましたが、精霊として余計に感覚が鋭敏な分、ユーキさんが心配になってしまいます)」


 ウンディーネの言葉にユーキもそれ以上応えられなくなる。

 仮に自身の体に異常なことが起こっているとしても、それを解決する方法がわからないからだ。魔力に鋭敏な精霊ですらわからないことに、どんな解決方法がいるのだろうか。それが分かりさえすれば苦労はしない。

 どうにもできないことに無力感を感じながら目の前の瓦礫を片付けていく。時折、魔力が微かに残っていて、予想以上に重さを感じる石に驚かされながら作業を黙々と進めていくと、いつのまにか数十分が経過していた。


「サクラ、そっちの方はどう?」

「え? ううん、大丈夫。多分、使えそうな石はないみたい。瓦礫はほとんど片付けちゃったから、後は修繕しなきゃいけない所を書いておかないとね。ユーキさんの持ってた羊皮紙、貸してくれる?」

「あぁ、ちょっと待っててくれ」


 ユーキは預かっていた羊皮紙をポケットから取り出して、サクラへ渡そうと手を伸ばす。その時、先程までは周囲の石へと集中していた魔眼の視線が何気なく、差し出した右手に向いた。


「……ユーキさん?」

「――――ごめん。ちょっと、疲れが残ってたみたいだ」


 手から零れ落ちた羊皮紙をサクラが拾い上げながら訝しむ。

 だが、ユーキはそれよりも自身の腕から視線が離せなくなっていた。何度も手を握ったり、開いたりしながら、袖を捲って右手を確かめている。まるでギプスを外したばかりの患者のようだ。


「もしかして、どこか怪我でもしたの?」

「いや、ただの筋肉痛だと思う。気にしないで大丈夫」


 張り付けた笑みという言葉がこれほど似合うものはない。そんな顔でユーキは、すぐに近くの瓦礫を運び始めた。眉根に皺を寄せるサクラを他所にそれを運んでいく。


「(……何だよ、さっきの)」


 ほんの一瞬。自分の腕が真っ黒に染まっているように見えた。驚いた衝撃で瞬きをすると、いつもの青に戻っていたが動揺するには十分な衝撃だった。

 以前にも腕が黒く見えて驚いた記憶はあるが、その時はあくまで夢だった。白昼夢でも見ていたかコートの色を見間違えたかだろう。そう言い聞かせて、ユーキは部屋の外へと足を踏み出した。

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