消えぬ怒りⅣ

 サクラを連れて、隣の家に入った所でユーキは息を吐いた。

 ここの家主は最初、いきなり現れたユーキたちに面食らったが、クレアの手伝いできているということを説明して、念のために持たされていた被害をメモする羊皮紙を見せると、すぐに被害のある部屋へと案内してくれた。


「……上手くいったかな?」

「え? どういうこと?」


 ユーキの様子にサクラは状況の把握が追い付かず、狼狽えているようだった。


「あの状況で俺たちがしなければいけないことって、何だと思う?」

「えーと、お店から出ること?」

「そうだね。相手の要求に従っておくことで、敵対する意思はないことを示さなければいけないんだけど、今回はそれだけじゃダメなんだ」


 割れた窓ガラスの破片を避けながらユーキは部屋の中へと進んで行く。

 時折、小さな破片を踏んでしまって、割れるような音が響くが気にせずに窓枠へと近寄って行った。


「あの店主は和の国の人間と帝国の人間を区別せずに敵とみなしていた。あそこで反論しておかないと俺たち以外の和の国の人にまで迷惑がかかる。かといって、素直に人の話を聞きそうな人じゃなかったから、少しばかり搦め手を使っただけだよ」

「もしかして、あそこで最初に何も気にしていないふりをしたのも……?」

「うん。俺は怒ってるぞ、ってアピールしているのにスルーされたら、余計に怒ってこっちの態度を問いただしてくるのは予想できた。そうすれば、自分から聞いた手前、こっちの反論を聞かなければいけないっていう状況に持ち込めた。いきなり、反論したところで聞く耳を持っていない人に話しても無駄だからさ」


 窓枠側から部屋を見渡して、どこかに城壁の石が存在しないかを見る。破壊度合いから言って、本来の魔法の能力を保持したままの物はないようだが、欠片については、大小さまざまな形で床にめり込んだり、散乱したりしていた。


「でも、それでも信じてくれなかったら?」

「その心配はないよ。クレアがいたから、絶対にこっちの味方になってくれる」


 近くに落ちていた欠片に手を伸ばして持ち上げる。

 予想通り、ただの石ころと同じ状態になってしまっているので、ここでの役割は部屋の掃除と被害箇所の報告だけになりそうだった。ユーキの魔眼にも、見慣れ始めた色彩は映っていない。


「もうちょっとでユーキさん。殴られそうだったんだよ?」

「俺が殴られるだけで済むならいいさ。その場合は当然、伯爵の下に連絡がいって、正式に俺たちの無実が証明される。殴られなくても、クレアによって保証はされたから、あの店主は表立って非難することはできないはず、かな」

「もうちょっとユーキさんは、自分のことを大切にした方がいいと思うよ?」


 悲しそうに見つめるサクラにユーキは首を横に振った。


「俺は、ね。自分よりも仲間や家族を馬鹿にされるって言うのが嫌いなんだ。今回の場合だと、国の人になるのかな。まぁ、記憶なんて碌に残ってないんだけど、サクラを見ていれば和の国の大半の人はいい人なんだろうって思うわけ」

「それじゃ、いつか―――」


 ――――死んでしまう。

 そう言おうとして、サクラは口を閉じた。そんな不吉な言葉を出してしまったら、本当に遠くない未来で、ユーキが死んでしまいそうだったから。


「それに――――」


 サクラの言葉が聞こえていなかったのか、ユーキは手の届く範囲の石を抱えながら、視線を合わさずに呟いた。


「――――

「えっ!?」


 サクラにはユーキの表情から一瞬だけ感情が抜け落ちたように見えた。

 何度か指で目を擦ると、そこには石を拾い集めることに集中するだけのユーキがいた。


「あれ? どうかした?」

「う、ううん。何でもない。クレアさんたちが来る前にある程度、綺麗にしておかないとね」


 自分が見た光景を振り払おうと、サクラもそれ以上追及することはやめて、魔法で砕け散ったガラスを宙に浮かべて一カ所に集め始める。

 それでも脳裏には先ほど見たユーキの顔が浮かんでいた。

 感情の籠らぬ声で黒い獣が、ユーキの顔に重なって見えたのは気のせいだろう。

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