掘り出し物Ⅶ
戦々恐々としながらも出て行くサクラたちに続いて、ユーキも足を踏み出すと、ビクトリアから声をかけられた。
「ちょっと、よろしいかしら?」
「はい、何でしょう?」
ユーキは扉の隙間から覗くサクラに手を振って、扉を閉めても良いことを伝えるとビクトリアに向かい直った。
「それで、一体何で――――」
床や壁がミシリと音を立てた。地震の初期微動かと考えたのが一瞬。コンマ一秒に満たない時間で、肌を突き刺すような感覚に、思わず魔眼を開く。
紅。それはクレアとマリーから見ることができた色。
だが、目の前にいるビクトリアの色はそれを更に深く、されど炎より輝かしく煌めいていた。
「――――どうしましたか?」
「――――っ!?」
気付くと目の前に、手を伸ばせば届く距離にビクトリアが立っていた。
「あなたには聞いておきたいことがあったので残ってもらいました。前々から聞きたかったのですが、初めて会った時は会話できない状態でしたし、先日までは戦争状態でしたから」
にっこりと微笑む。微かに漂う香水の匂い。緊張していた筋肉がふっと緩みかけるが、脳裏にはこの部屋を焼く尽くさんとばかりに立ち上っていたオーラが焼き付いている。
一歩後ずさる様を見てビクトリアは目を細めた。
「なるほど、肌で感じ取る以上に何かを認識している、となると、やはり魔眼ね。それもかなり特殊な」
「……わかるんですか?」
「専門家ではないから何とも言えないけれど、明らかに異常ね。暗闇をものともしない狙撃を可能とする視界。最初は暗視や透視の魔眼の類かと思ったけれども、どうにも違うようね。まるで、私の魔力が見えているかのような反応だもの」
再び、ユーキの肌を突き刺すような威圧感がビクトリアから放たれる。今度は魔眼を開くことを堪えた。ここで開いてしまえば、見えていると教えるようなものだからだ。
「うーん。私としては色々と知りたいけれど、あなたの場合、大人しく教えてくれそうになさそうね」
「実力行使で聞き出すってことですか?」
「それでもいいけど、ここも、あなたも、私も無事じゃ済まなそう。無詠唱で私が魔法を連射したら堪らないでしょう? あなたのガンドも、私にとっては同じかしら」
細められる目がまるで獲物を前にした蛇のようだ。バジリスクの瞳と同じ効果があるのかと思うくらい、体が緊張で動かなくなる。
いつの間にか口が乾き、喉が痛む。口調こそ丁寧だが、依然としてその圧力は続いていた。
「残念ですね。力で押さえつけたとしても、俺自身が能力をわかっていなければ、知りようがないでしょう?」
「別にあなたが分かってる必要はないの。世界を認識する
ユーキの全身に鳥肌が立った。
目の前にいるのは本当に人間だろうか。魔眼一つを調べるために、首から下を吹き飛ばしてでも構わないという考えに至れるなど悪魔なのではないだろうか。
そんな考えが頭の中で駆け抜けていく。気付けば手の中は汗で濡れ、シャツが肌にぴったりと張り付いていた。
「「――――――――」」
二人の間で無言のまま、視線だけが交わされる。
まるで西部劇に出てくるガンマン対決のように、僅かな動きがあれば互いに攻撃を放ちかねない。傍から見れば一触即発の危険な状態に見えるが、ユーキからすれば猫に追い詰められたネズミ。できることと言えば窮鼠猫を噛む。何とかして一矢報いる程度だろう。
そんな時間が続いていると不意に扉がノックされた。
電気のスイッチを切ったかのように、ユーキの感じていた威圧感が急に消え失せる。
「何の用かしら?」
「ユーキ様がここにいると聞きましたので、クレア様から承った要件をお伝えしようかと」
「すぐに行かせます。そこで待っていなさい」
そう告げるとビクトリアは微笑んだ。今度の微笑には一切の攻撃性が感じられなかった。
「ごめんなさいね。娘の友人とはいえ、あまりにも無警戒過ぎるから、ちょっと脅しておかないとと思って」
「無警戒?」
「そう。魔法使いというのは、知識欲の塊みたいなところもあるの。だから、その知識欲を満たすためには手段を選ばない輩も大勢いる。そのことを肝に銘じておいた方がいいわ。特にあなたは、サリバンの異端児と出会っているのだから」
サリバンと聞いて、ユーキは一人思い当たる人物がいた。
ギャビン・サリバン。過去視の魔眼を持つ魔法使いで、以前ユーキが倒れたときにギルドで介抱してくれた人物だ。
「その人なら確かに出会っていますが、俺を助けてくれた人ですよ?」
「その時はあなたが魔眼持ちかどうかを知らなかったからでしょう。それに彼の過去視は強力です。それに対する対抗手段を持っておかなければ大変でしょう。攻撃というのは私のように魔法をあなたに放つだけではないのですから」
ユーキは呆然としていた。
まさか、自分の魔眼がそんなに自分の命を脅かすほどのものだと想像していなかったからだ。
「過去視による人間関係を利用した脅迫、人質。犯罪や秘密の暴露。遠回しな分、相手と直接対峙しないが故に、事態の収拾が面倒になるパターン。今の内に対策は練っておきなさいな」
そう言ってウィンクすると杖を一振りする。
ユーキの体を流れていた汗が消え、張り付いていた服が一瞬で乾いてしまう。
「魔眼への対抗策は見せない・見たくない・見る暇がないの三つが基本。後はあなた自身で考えなさい」
「わかりました。アドバイスありがとうございます」
「良いのよ。代わりと言っては何だけど、私たちに似て騒がしい娘たちをよろしくね」
「気にしないでください。もう二人とも既に友達ですから」
ユーキは頭を下げると扉へと向かって行った。
外で待っていたのはメリッサで、どうやら見つけたガラス細工のことを教えに来てくれたようだ。そのまま廊下の向こうへと消えていく足音を聞きながらビクトリアは窓の外へと目を向ける。
「魔力を見ることができるなら、精霊も見ることができる……となれば……まさか、ね」
ビクトリアは修復中の城壁のことを思い浮かべる。街を包む結界は地脈の魔力を吸い上げて、作り上げている。そのように、この街を作った魔法使いが設計したからだ。
そこで一つの疑問が浮かぶ。この街を作った魔法使いは、どうやって地脈を見つけたのだろう、と。
頭の中に浮かんだ一つの仮説を振り払いながら、ビクトリアは水瓶を浮かべて反対側の扉へと消えていった。
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