渾沌の尻尾切りⅡ

「ユーキの周りには結界があるはず、だからそれに激突して倒したのとは……違う?」

「あぁ、前々から聞こうとは思ってたのよ。そこの彼、相当高価な道具でも使っているのかしら。常時展開型の結界。聖教国の人が見たら驚くんじゃないかしら?」


 ――――スイマセン。既に見られて驚かれてます。

 そう心の中で呟きながらも、声に出す余裕は無く。ユーキは周りで話す声だけに集中する。


「それで? 見ていたわけじゃないから何とも言えないけど、あなたから見てどうだったの?」

「そうだな。まず、結界とやらは食い破られていただろう。そうでなければ、左手の出血はしないはずだ。魔力を一気に出し過ぎて肉体が傷つくことも有るが、魔力が枯渇しかけていたから、それは無いだろう」


 剣の腹で掌を叩きながら、伯爵が天井を仰いでいるユーキを見て目を細める。自分の中で先の攻防を思い出しながら言葉を探しているようだ。


「もしかすると、結界内に存在していた魔力が破られたことで一気に噴出したのかもしれないな。こういうのは本職に聞いてみないとわからん」

「因みに、父さんはその技使えるの?」

「無理だな。どちらかというと、そうなる前に剣を振り回して掻き消す方が楽だ。あんな真似ができるのは、ごく一部の限られたデタラメな奴だけだ」


 剣を振り回して魔法を消す。伯爵がいうから出来そうに聞こえるが、普通の冒険者や騎士にそのようなことをできる者は、ほとんどいない。


「あはは、噂には聞いていましたけど、マリーさんのお父様、やっぱりすごいんですね……」


 ここにいない近衛騎士団の団員の言葉を代弁するなら、あなたの方がどう考えてもデタラメです、だろう。それが容易く予想できるマリーとクレアは、ユーキのように額に手を当てる。


「近衛騎士団長なんか、究極技法にまで昇華させた技を使うからな。機会があったら見せてもらうと良い。あれはな、生粋の馬鹿だ。限られた究極の馬鹿にしか習得できない技だ」


 この伯爵にここまで言わせるとなると相当な人物なのだろう。

 アイリスは騎士には興味はないが、その技が魔法に活かせるならばと興味を持ち始めている。


「あー、父さん。それ以上言うとアイリスが今すぐにでも王様に魔法を撃ちこみかねないからな。そこまでにしてくれ」


 いきなり国王の下に行って、「近衛騎士団の技を見せてください」ではなく、暗殺者よろしく「こんにちは、死ね」を真正面からやりかねないのがアイリスだ。それにはサクラも同意した。


「そういえば、一応帝国との和睦……でいいのでしょうか? 交渉が始まると思うんですけど、そうすると私たち――――マリーとクレアさんがここにいる理由がなくなってしまいますが、今後はどうするんですか?」

「それだがな。ある程度、領地の話とかを頭にぶち込んだら、王都に返そうかと思っている。今はここにいる方が危険かもしれないからな」

「何だよ久しぶりに戻ってきた娘二人に対して……どうせならちょっと早い冬休みでいいじゃん」


 九月の中旬に冬休みとは、聞いている側からすると明らかにおかしいのだが、最近の連続してあった事件のことを考えると無理もない。王都の民が屍人になったり、命を狙われたり、実家の壁(城壁)がぶっ壊されたりと散々だ。

 魔法学園も今は休講中の為、ほぼ休みといっても過言ではない。


「そうね。マリーちゃんの言う通りね。もうしばらく、家でゆっくりしていくと良いわ」

「流石、母さん! 話がわか――――」

「――――私がみっちり、魔法の使い方を叩き込んであげるから」


 両手を上げて喜ぶ姿勢のまま固まったマリーの横で、言わんこっちゃないとクレアが盛大にため息をつく。


「私みたいに扱いが下手で街とかふっとばしちゃわない様に、しっかりと魔力の使い方を覚えないとね……」

「か、母さんが下手なら教えるのには向いてないんじゃ?」

「そんなことないわよぉ? 難しいことはできても教えるのが下手な人もいれば、基礎を飛び越えてやっていないだけで教えることができる人もいるのよ?」

「それ、理由になってない――――って、ちょっと! 魔法で浮かさないで! どこにいくのさ!? フェイ! 姉さん! 助けて!」


 急に浮き上がったマリーをビクトリアは嬉しそうに部屋の外へと連れて行く。空いた扉の枠に何とかへばりつこうとするが、長い杖で脇腹を突かれると一瞬で引きはがされてしまった。


「すいません。僕にビクトリア様を止めることはできませんので」

「こっちにまで飛び火すると困るからね。がんばってらっしゃい」


 遠退いていく扉が勝手に閉まっていく。

 ここから数時間、マリーは元宮廷魔術師のマンツーマン講義と実技を同時並行で行うことになるのだった。

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