渾沌の尻尾切りⅠ
砦に戻り、頭痛に顔を顰めながら座っていると伯爵とビクトリアが戻ってきた。
「それで……王様は何だって?」
「帝国側からの連絡があったそうだ。『それは帝国軍正規兵にあらず。即座に正規軍を向かわせて鎮圧する。捕虜の必要なし、即刻縛り首にしても、拷問にかけてもよい』だとさ。大方、あっちの将軍にしか指令だけを教えず、それを戦場で化け物にして責任転嫁ってところだろう。正直、そこまで人でなしなことを平気でやるとは恐れ入った」
伯爵はイラつきながら椅子へ乱暴に座る。
「まさか、それで王様頷いたんじゃないよな?」
「当然、宰相が賠償を請求したわ。更に残党処理のためとはいえ、こちら側への越境をした場合、正式に宣戦布告とみなすって突き付けたらしいから、要求を処理しなきゃいけない担当者も大変そうね。あの国のことだから、数日後に行方不明かしら」
ビクトリアの言葉に胸を撫で下ろしながらもクレアの表情は晴れなかった。
それもそうだろう、窓の向こう側では未だに黒煙が上がり、城壁や家屋の修復が始まっている。砦で匿った民たちも一度、自分たちの家へと戻っているがあまり喜べる状態ではないだろう。
「でも、よくこの砦に全員入れましたね」
「そういう特殊な魔法があるのよ。空間を何十倍にも広げるっていう魔法道具。もう作り方も失伝しているし、私でも解析できないから、新しく設置することは無理だけれども十分便利よね」
ビクトリアが指で示した砦の地下には、シェルター的な避難所があるらしい。それもこの街と同規模という程ではないが、かなり広く作られている。倉庫代わりに使っている物もあるので持久戦にも持ち込めるという優れモノだ。
「しかし、相当な被害が出たな。あの黒い犬、渾沌といったか? あれを止められなければ、間違いなくここは更地になっていただろうな」
「そうだな。あたしたちがいなければ、どうなっていたか」
マリーが自慢気に話すと、ビクトリアが頭を抱えながらため息をつく。
「その軽い頭を吹き飛ばしてあげてもいいのだけれど、今回はあなたたちがいなかったら、ここまで被害を抑えることはできなかったでしょうね」
「うわ、母さんが褒めてくれるなんて……姉さん、明日は火球が降ってくるんじゃ……!?」
マリーがわりとガチで驚いているあたり、ビクトリアの魔法に関する躾けは厳しいのだろう。クレアも否定しないでいるあたり、周りで見ている者からすると苦笑いしか浮かばない。
そんな中でユーキは魔力枯渇の為、船酔いか何かになったように目を瞑って首を揺らし、こみ上げてくる吐き気を誤魔化していた。
「ユーキさん。ポーション、もう一本飲んでおく?」
「いや、やめておくよ。飲み過ぎるとそれはそれで問題だし」
ポーションは持続的に魔力を回復させる効果があるが、飲み過ぎると体の許容量を超えて魔力を供給し、不調の原因になることがある。人によって症状は様々だが、オーソドックスな症例は魔法の暴発だ。くしゃみと同時に火球が飛び出す、なんてことがあったら部屋が燃えて大事件になってしまう。
「そういえば、伯爵。お聞きしたいのですが、渾沌の最後……あれはどういった方法で倒したのかお判りになりますか?」
フランがおずおずと手を挙げて尋ねると伯爵は顎に手を当てて唸る。
「王族護衛の近衛騎士団。その入団試験の一つに素手で魔法を弾くという項目がある」
「素手で、魔法を……?」
アイリスが興味深げに身を乗り出す。その様子に伯爵はニヤリと笑う。
「もちろん、これは表向きの内容だ。馬鹿正直に素手で魔法を弾こうとしてみろ。間違いなく大怪我をする。そして、実際に多くの志願者が治癒魔法の使い手の世話になっていった」
伯爵は自分の剣を抜き放って自分の左手の拳の甲へ当てる。
「本当の内容は、魔法障壁の瞬間発動によって魔法を弾く試験、といった所だ。体から溢れだす魔力の勢いを使って相手の魔法を弾く」
今度は左手の甲と剣を同時に動かして当てる。
剣が拳によって僅かに元来た方へと押し返されるのを見て、フランは納得をして頷く。逆にアイリスは首を傾げた。
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