火力戦Ⅷ

 高将軍の顔には焦りと若干の怒りが現れ始めていた。

 その原因は伝令兵のもってくる情報が、あまりにも自軍に不利なものばかりだからである。


「最前線の攻城兵器が全て破壊されました。護衛の兵たちは目的を見失って、烏合の衆になり敗走しています」

「だ、第二線の攻城兵器も全滅。現在、城壁からの攻撃で護衛兵の半数が敗走。二割が死亡、三割が重軽傷です」

「城壁からは少ないながらも冒険者や騎士の魔法と矢が降り注ぐほか、領主と思われる男の強弓で、部隊長クラスが軒並み射抜かれております」

「攻城兵器損壊の原因となる攻撃が確認できませんでした。目に見えない魔法かあるいは、地面に何かしらの罠が仕掛けられていると推測されます」

「現在、攻城兵器の三割が修復不可能。謎の攻撃もやんでいますが、恐らく、出した瞬間に破壊されるものと予想されます」

「結界の予想損耗状況五割を突破。こちらの兵力は一割を損耗しております」


 天を仰ぎ、高将軍は目を瞑った。

 敗走した護衛の部隊がいるとはいえども、真っ先に最前線に送られるような雑兵だ。ハッキリ言って上手く行けばいい程度の雑魚といってよい。

 しかし、残った兵は多けれど城壁を超えられねば、相手にとって流石に脅威にはなり得ない。王都からの騎士たちが出てくれば、それを相手にして手柄にすることもできるが、このままではそれすらも相手にできず撤退を余儀なくされかねない状況だ。


「昨日の……魔弾使いか……!」


 炎から逃げおおせた後、せめて一矢報いようと放った一撃は見えにくくした火の魔法に弾かれた。対してもう一つの放たれた相手の魔法は、闇夜であったとはいえ、全く影も形も見ることのできない魔法だった。

 結界を破壊するための攻城兵器には厚い鉄の板を張り付け、魔法防御も施してある。昨日の炎に焼かれては無理だろうが、城壁から今も放たれ続けている魔法や矢を防ぐ程度なら十分にできる。それをほぼ一撃必殺で外すことなく、当て続けるなど誰が予想できるだろうか。

 故に高将軍は顔も見えぬ魔法の使い手を魔弾使いと称したのは不思議でも何でもない。実際に、その名は既に他の兵士たちの間にも広まり始めていた。


「しかし、恐れることはない。こちらの道士部隊の攻撃が効いていないわけではない。一度、兵を引き上げて、相手の攻撃が届かない位置から結界を破壊して、総突撃させればいいだけだ」


 あくまで攻城兵器は、時間短縮のため。そう思って作戦を立て直すことができるのならば、何の問題もない。


「前線を下げろ。時間をかけてでも結界を破壊してから兵を出す」

「りょ、了解しました」

「流石に陽の出ている状態では、紅の魔女も出てはこないか。姿さえ見えれば、この弓の餌食にしてやるものを……」


 天から降り注ぐ暑い日差しにうんざりしながらも、そのおかげで安心することができる。肉体的疲労と精神的疲労はどちらも大敵だが、全軍を指揮するという立場においては後者の方が圧倒的に厄介だった。


「こちらには、まだ切り札もある。将軍たるもの、僅かな失敗に心を動かさずに大軍を動かさなくてはならん。最悪、川を無理やり超えて包囲戦を敷き、兵糧攻めにするのもありだな。そうすれば嫌でも王都の兵がこちらに来るだろう。そうなれば出てくるのは、公爵級かそれとも王位継承者か。いずれにせよ捕えて、身代金を要求するのもいいだろう。首を刎ねて嘲笑うのもいいだろう。女なら俺が遊びつくした後に兵にでもくれてやっていいな」


 自身の勝ちを信じて疑わない。そんな高将軍に更に伝令兵が駆け寄ってくる。


「こ、高将軍。緊急事態です!」

「何だ? 騒々しい。あと数時間もすれば結界が破れるというのに、何があったのだ?」


 イラつきを隠さずに問うと、兵は体を震わせながらも大きな声で報告を口にする。


「後方支援部隊に敵襲! 積み荷を焼き払われました!」

「何だと!? まさか、紅の魔女か!?」

「いえ、敵は一名。背格好は大人びているものの、少女と思われます」


 高将軍は絶句しながらも、伝令兵の報告に耳を傾け続けた。

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