火力戦Ⅶ

 オースティンは片手で木箱を支えながら、もう片方の手の指を一つずつ伸ばしていく。


「そうですね。例えば攻める側に有利なのは、攻めるタイミングを選べる点でしょう。こちらは街に籠らなければなりませんから。戦術も基本的には攻める側が選ぶ権利があるといってもいいです。守る側に有利なのは、地の利があることですね。城壁から一方的に攻撃を放つこともできますし、矢なども相手より必然的に射程が広くなります。攻めるときには守る側の三倍の戦力を用意せよ、などとも言いますね」


 今まで戦争のせの字も知らなかった女子たちからすれば、言われて初めて気付くようなことばかりだ。

 オースティンはすぐに理解してくれた子供たちを前に、少し微笑んで話を続ける。


「そして攻城する側、籠城する側。どちらにも大切なのが食料です。どれぐらいの日数戦えるのか、というのは、軍を遠征させる上で最も重要になってきます。せっかく勝っても餓死で共倒れとなっては笑えませんからね。籠城側は、これに加えて援軍が来るかどうかも大切です。基本的には籠城は時間稼ぎにしかなりませんから。籠城するときは必ず援軍を要請しなければ、ただの自殺行為です」

「でも、すぐに王都から援軍が来れるはずなのに、ここには来てないですよ?」

「フラン様。良いところにお気づきになりました。現状、王都には騎士のを要請しておりません。なぜならば、伯爵様とビクトリア様が全力を出せば退けられるからです」


 その言葉にクレアが激高する。


「だったら、何でマリーを!?」

「落ち着いてください。クレア様。それには色々と事情があるのですよ」


 胸倉を掴まれても動揺するどころか、木箱の中にあるコップを動かすことなくオースティンはクレアをなだめる。


「ここで伯爵様たちに張り切っていただいても良いのですが、その場合、『伯爵夫妻が帝国軍を倒した』という評価になります」

「それとこれとどういう関係になるんだ?」

「その場合、裏を返すと『伯爵夫妻がいなければ勝てていたかもしれない』という希望を相手に抱かせてしまうことになります。それは王都の騎士たちを動員した場合も一緒です。『今回の戦力ならば伯爵領の戦力では対応できない』という前例を作ってしまうのです」

「つまり相手を全力じゃなくても倒せることを示さないといけない、ということですか?」

「その通りでございます」


 サクラの言葉にオースティンは満足気に頷いた。

 生徒に気付いてほしかった答えを言ってもらえた教師のように喜ぶ。


「さっさと倒したいのは山々ですが、ここでその手を使うとまた攻めてくる機会を与えてしまいます。圧倒的な火力で全滅させて、十数年くらいは手を出せないように戦力を削るもよし。最低限の戦力であしらって、格の差を見せつけてやるもよし。まぁ、ハッキリ言って、政治の戦争で、現場からすれば悪手以外の何物でもないですが、ね」


 オースティンはさらに続ける。


「しかし、三十年も経てば、今の兵士も世代交代をして、伯爵やビクトリア様のお力もどうなっているかわかりません。当然、帝国も戦力を回復、拡充してくるでしょう。そんなときに、三十年前に十代の魔法使いが大暴れしていた、なんて記録が残っていたら、どうなると思います?」

「あまり、攻め込みたくはないな。若い時よりも技量も成長して――――まさか!?」

「そう、そのまさかですよ。マリー様が戦場に駆り出されたのも、未来のローレンス領を守るための一環なのです」


 その言葉にクレアがオースティンから手を放して、震えだした。


「じゃ、じゃあ、あたしがしっかり魔法制御をできるようになっていたら……」

「――――マリー様は今、戦場にいなかったかもしれませぬな」

「――――っ!?」


 クレアの目が大きく見開かれる。マリーが戦場に向かった原因が姉である自分にあるとは思っていなかった。

 思い返せば、伯爵も言っていた。お前が行くか、と。

 動揺するクレアを尻目にオースティンは空を見上げた。


「しかし、本当に夏というのは暑いですな。暑すぎて倒れてしまいそうだ」

「あ、あのオースティンさん? 一体何を?」

「いえ、ただの老人の独り言です。気にしないでください。それではお嬢様方、炎天下では体調管理も戦いの内です。お気を付けください」


 そう言ってオースティンは引き返していった。

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