火力戦Ⅵ

 遠くから聞こえる魔法が飛び交う音と炸裂する光、立ち上る煙を前に、サクラたちは砦の城壁の上で立ち尽くしていた。


「クレア。何でさっきは、あんなに、怒ったの?」


 アイリスがクレアへと問うと、クレアはアイリスを見ることなく口を開いた。


「理由はね。いくつかある。一つは、さっきも言ったように土地が荒れ果ててしまうこと。特に母さんの魔法は威力が大きすぎて、地形すらも変えかねない。元通りに作物を育てられるのにどれだけかかるか。でもね、そんなことはあたしもわかってるんだ。攻め込まれた時点であそこの作物は収穫できないし、駄目になってしまう」

「それじゃあ、何故……?」

「……マリーには魔力制御の負荷がかかるような魔法がかけられているのは聞いてるわね?」


 クレアは拳を握りしめて、サクラに答える。


「不思議に思わない? 宮廷魔術師だった母さんがマリーにだけ、その話をしたこと」

「もしかして、クレアさんも……?」

「そう、あたしも同じ魔法をかけられていて、マリーより先に解除する方法も教えてもらっている。そして、解除した結果、どれくらいの威力の魔法を使えるかも知っている」


 一際大きい轟音が響き、遅れて大きな煙が立ち上る。

 慌てて、城壁を見るがどうやら外側の帝国軍への攻撃だったようだ。


「あたしが魔法を普段から使わないのはさ。その威力を出すのが怖いからなんだ。だから、母さんのとは別に自前の拘束術式を使ってるくらいで、燃費が凄い悪い。前にアイリスと戦った時も、すぐに魔力切れを起こしたのは、そういう理由があるから」


 一呼吸するとクレアは目を伏せた。


「マリーはまだ自分の中に眠っている力の恐ろしさを知らない。人も自然も何もかもを薙ぎ払う、その恐ろしさを知らない。そんな状態でいきなり魔法を使わせたら、あの子は絶対に後悔する。だから、あの時に止めるべきだった!」


 その小さな叫びはどこに届くわけでもなく消えて行った。

 そんなクレアにフランが近寄る。


「その、上手く言えないんですけど……」


 言うべきかどうか悩んでいるようなフランに、クレアは視線を合わせる。

 左右に揺れていた瞳が少しずつ収まってくると、フランは胸の前で手をぎゅっと握りしめてクレアに継げる。


「全部覚えているわけじゃないんです。私も夢なのか現実なのか、わからない状態のことだったので」

「……続けて」

「私が目を覚ます前、マリーさんたちは私の父と戦っていました。その時は、私は目を覚ましていなかったんですけど、何となく父さんと誰かが戦っているくらいのことはわかっていなんです。その時、父さん以外で最初に感じた魔力がマリーさんでした。振り返って見れば、あの時のマリーさんは自力で魔力制御の魔法を振り切っていたのかもしれません」


 サクラたちもそれには心当たりがあった。

 自分の家の騎士たちを襲われたことに怒り、風の上級魔法を無詠唱で放ち、フェリクスを壁に叩きつけるという大技をやってのけたことだ。


「マリーさんは、誰かを守りたい。その想いで今回の出撃していると思います。だから、その……たくさんの人を殺してしまうかもしれませんけど、きっとわかった上でのことじゃないのかと」

「それは母さんが杖を振るえば一瞬で終わる。わざわざマリーにやらせるのは、間違っているはずだ。それを父さんも母さんも……」


 クレアも何とか自分を納得させようとはしているらしい。

 それでもマリーが何故やらなければいけないのかということが、彼女の中でひっかかっている。

 フランは何とかして、自分の感じたことを伝えようと考えるが、その感覚を上手く言語化できない。再び、視線が左右へと揺れ動き始めたとき、後ろから声がかかった。


「クレア様。お嬢様方。お飲み物はいかがでしょうか?」


 オースティンがいつの間にか木箱を持って、後ろに立っていた。


「申し訳ありません。本来ならば、もう少し良い入れ物をお持ちしなければならないのですが、このような状況ですので……」

「気にしないでください。頂けるだけでも嬉しいです」


 サクラの言葉にオースティンは微笑んで、木箱の中から木製の大きいコップを取り出して渡す。

 流石にこの状況ではクレアも行き場のない怒りを出すわけにもいかず、無言でコップを受け取った。


「あ、そういえば、皆様。ここからは遠いですけれども、クレア様を含め戦争に巻き込まれるのは初めてでございますね?」

「私たちが、生まれてから、戦争はなかった」


 少なくともファンメル王国が外国と戦争をした記録は、ここ十数年ではない。あるとするならば、国内における暴動や反乱くらいのものだろう。


「そうですね。アイリス様のおっしゃる通り、ここ二十年でファンメル国が関わったとされるような戦争はほぼ皆無です。ですが、それ以前は国内の反乱や国境沿いの紛争など大小含めても両手では足りないほどの戦争があったのでございます」


 オースティンは悲し気に顔を左右に振る。


「それで、あたしたちに戦争のでもおしえてくれるってこと?」


 若干の苛立ちを覚えるクレアだったが、それを涼しい顔で流すオースティン。そんな彼は街を守る城壁を見て、ぼそりと呟くように言った。

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