火力戦Ⅳ

 伯爵邸を出発したユーキと伯爵一行が城壁に辿り着く頃には、朝日が昇り始めていた。


「……君たちを巻き込むことになってしまった。申し訳ない」

「気にしないでください、といえば嘘になりますが、俺はマリーにもビクトリアさんにも助けられました。だから、ここで恩返しします」

「だが……君の手を血に汚すことになる」

「それはマリーも一緒でしょう」


 クレアが先程怒っていた理由は、城壁外にある田畑が荒れるだけが理由ではない。マリー自身が人をこれから大量に殺すことに対しても怒っていた。


「君は人を殺したことが?」

「……ゴルドー男爵を」

「そうか、そうだったな」


 遠い目をして、伯爵が城壁へと昇る階段へと足をかける。


「誰かを守るということは、誰かを殺さなければいけないこともありますから」

「……ビクトリアか」

「はい。おかげで


 ユーキの眼は初めて、この世界に訪れたときのものとは思えないほど冷え切っていた。

 伯爵はここに至ってユーキのことを恐ろしいと思ったに違いない。たった一度の、ビクトリアが作り出した炎と焼かれる人々の姿を見ただけで、表情がここまで一変するものか、と。

 しかし、現実として勇輝は怯えも竦みもすることなく、前線に赴いている。伯爵が知る限り、そんなことができるのはごく一握りの人間だけ。

 冷え切った勇輝の眼を見ながら、思わず顔を顰めていると城壁へと辿り着いた。既に、騎士たちは準備を終えているらしく。いつでも攻撃ができるような状態のようだ。


「アンディ。冒険者たちの配置は?」

「はっ。パーティごとに等間隔で部隊の間に入れております。少なくとも、西のシャドウウルフの脅威がなくなった以上、こちら側に戦力を集中できたようです」

「渡河する部隊への対応は?」

「八部隊を向かわせました。冒険者も十数パーティいるので、かなり遠回りするか。或いは、突撃してきても大被害を被るでしょう。もともと用意していたトラップもあるので、そう簡単には渡れません」


 伯爵は満足そうに頷いて、目の前に広がる光景を見渡した。


「既に王都には連絡をしてある。昼には王都の部隊が転移で駆け付けるだろう。それまでに決着をつけないとマズイことになるな」


 ユーキは伯爵の呟きに違和感を感じた。王都からの援軍などという初めて出て来た作戦要素に、思わず目を見開く。


「(さっきはマリーたちの爆撃で土地がどうなろうとも構わないってスタンスだったのに、どういうことだ? それとも、スパイを警戒して、別の作戦を……?)」


 伯爵の考えが読めずに混乱していると、結界の外で大きな爆発が起こる。


「ほう……性懲りもなく、同じ戦術か? いや、違うな。今度は隠れもせずに撃ち合いに望むか。いい度胸だ。少しは見直したぞ、帝国軍め」


 伯爵は息を吸い込むと大声で号令をかけた。


「我々の力、見せてやれ!!迎え撃てぇ!!」

「「「おおおおおおおおおおおおお!!」」」


 次々に飛んでくる攻撃に対し、騎士たちは矢を番えて一斉に打ち放つ。山なりの機動で放たれた夜の雨は、十数秒の時間差を経た後に次々と帝国軍へ襲い掛かった。


「ユーキ。君も応戦してもらいたいところだが、確か結界を破壊する可能性があるということだな?」

「はい。以前、学園の結界を破壊したことがあるので、同じことが起こる可能性は否定できません」


 ここに来るまでにユーキは自分のガンドのデメリットを伯爵に話していた。

 一つ、連射は六発まで。

 一つ、装填には十秒ほど。

 一つ、結界を破壊する可能性が高い。

 それでも、普通の魔法と違って、隠密性と威力は折り紙付きだ。伯爵としては、それを使わない手はない。


「アンディ。フェイを連れて、ユーキが狙撃できる場所へ案内しろ。ここの指揮は俺が取る。狙いは――――わかっているな?」

「もちろんです。必ず、作戦を成功に導いて見せます」

「頼んだぞ」


 伯爵は己自身も弓を持つと攻撃を開始した。


「ユーキ君。フェイ。こちらへ」

「「了解」」


 城壁を走りながら、帝国軍の動きをユーキは観察する。

 黒い鎧のような物を纏った軍勢が、盾を構えて前進している様子が目に入った。その後ろからは札が飛んでくるが、どれも昨日ほどの量ではなかった。


「攻城兵器を運んでいる奴らもいるな。あまりもたもたしていると大変そうだ」


 最初に城壁に来たのは、戦場を見渡して攻撃目標の優先順位をつけるためだった。もちろん、戦場が初めてのユーキに、実際の陣形などを説明しながら、どうするべきかを指示するという目的もある。


「まずは攻城兵器を運ぶ足……いや、君なら攻城兵器自体を破壊できるだろう。まずは、それを狙える場所まで移動するぞ!」


 アンディが円形の盾を片手に更にスピードを上げる。

 ユーキもフェイも、それに送れないようにと足に力を入れて走り出した。

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