開戦Ⅶ

 辺り一面を焼き尽くす業火。

 草のように焼かれていく人の群れ。既に目は焼かれ、どこに行けば助かるのかすらわからず逃げ惑う。

 肺の中まで炎に炙られた熱気が入り込み、焼き尽くす。それでも助けを求め、空気を求め、口を開く。呻き声が死の合唱となって、地に溢れる。

 ユーキは、その光景から目を逸らすことができなくなっていた。


「――――見るというならば、よく覚えておきなさい。守るということは、誰かの命を見捨てること。守るということは、誰かの命を奪うこと。守るということは、誰かの守りたかったものを壊すということ。守るには相手よりも強くなければできない。弱い者は淘汰されるだけ。それを、よく、覚えておきなさい」


 背後からビクトリアの言葉が突き刺さる。

 友人の街を守りたい。ただその一心だったのに、目の前に広がるのはの群れ。かつて自身が恐れた人を殺すという行為。

 最初に気付いたのは月の八咫烏との戦闘だった。今でも奴を斬る瞬間を夢で見ることがある。

 だが目の前に広がる其れは、自分の手に感触がないからこそ、より悍ましく感じた。人はこうも容易く殺すことができるのだと。そして自分もまた例外ではないのだと。

 上空にまで登ってくる熱気に混じり、人の焼ける臭いが届く。思わず口を抑えるユーキだった。胃からこみ上げてきそうになるのを抑え込んで、つばを飲み込む。


「あら、無理をしなくていいのよ?」

「いえ、大丈夫です……」


 ユーキは只頷いて、魔眼で周りを見渡した。

 もはや火に焼かれて、人の原形を保っているのがやっとの、只の塊にしか見えなかった。生きていれば、光に溢れていたはずなのに、そこには空虚な黒い人型の穴が折り重なり、暗黒の谷ができているようだ。


「――――逃げた奴は、どうしますか?」

「追っても良いけど、何かしらの反撃がある可能性もあるわ。ここまで用意周到に作戦を立てる指揮官だもの。失敗した時の保険を用意していないとも限らないわね。ほら、実際にこうだもの」


 ビクトリアが杖を振るうと魔眼にだけ映る不可視の火球が飛び出た。

 そのまま、進むと途中で急にはじけ飛ぶ。


「ダンジョン産の弓ね。こんな上空にまで届かせるってことは、相当な物。多分、指揮官クラスか将軍クラスがいたみたい。あの一瞬で、こちらの位置も補足してくるとは流石ね」

「なるほど、あれですか」


 ユーキの目にも一際、輝く場所が見えていた。緑色の光がそこだけ強く収束している。

 また、もう一射放つつもりなのだろう。


「深追いはやめておきましょう。少なくともこれで朝までは大人しくなるはず」

「――――その前に、一つだけいいですか?」

「えぇ、構わないわよ」


 ビクトリアに確認してからユーキは右手を構えた。

 右手の人差し指に魔力が集中していく。


「(――――俺には覚悟が足りなかった。だから、この一発は俺なりのケジメだ)」


 心の中で呟きながら緑色の光を見つめる。かなりの距離が離れているというのに、何故かその弓の持ち主と目が合った気がした。


「朝日が昇った時、俺はあんたたちを殺しに行く」


 ユーキの青いガンドと弓の緑の閃光が弾けたのは同時だった。

 緑の閃光は先ほどと違い、重力の影響を受けずに、ガンド同様真っ直ぐに飛翔する。速度はほぼ同じかガンドがやや早いといった所か。同一直線状でガンドと矢が激突するかどうかと言うところでお互いにすれ違う。

 それを視認した直後、ユーキの真横一メートルあたりを風切り音と共に暴風が駆け抜けていった。

 風に煽られて箒が揺れるがビクトリアは動じずに、その矢の行方を見送った後、もう一度、矢の来た方向を見つめる。


「……いきましょう」

「いいの?」

「はい、覚悟を決めました」

「別にあなたはこの国の人間じゃないのよ?」

「……友達が死ぬかもしれないのに、見捨てられるわけないじゃないですか」

「……そう」


 それ以上ビクトリアは何も言わずに、箒の向きを反転させる。

 ここまで矢を届かせる猛将がいるというのにもかかわらず、その背中に射かけられる矢はなかった。

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