火力戦Ⅰ
最低限の戦力を城壁に残し、伯爵が帰還したのは深夜三時のことだった。
「マリーたちは?」
「流石に子供たちは寝かせました。あと二時間くらいは大丈夫でしょう」
「そうだな。闇夜に紛れて攻撃するのは、もうできないと相手も気付いているだろう。朝に備えて、準備を進めていると考えるのが妥当だろう」
椅子に腰かけるともたれ掛かって天井を見上げる。
交戦をしていないとはいえ、いつ破られるともしれない城壁の近くで指揮をとり続けたのだ。その精神的損耗は計り知れない。
「朝になれば魔法の撃ち合いが始まる。結界はどの程度まで修復できる?」
「地脈の魔力の吸い上げにも限度があるから、良くて七割程度かしら」
「それまでに、こちらは相手の攻撃を凌がねばならんか。俺が前線に出てもいいが、あちらの切り札に出くわすとマズイ」
「――――高将軍ね?」
ビクトリアは逡巡の後、その名を告げた。
「あぁ、そうだ。この国で言う俺のように、蓮華帝国における化け物の一人だ。弓の名手で、ダンジョン産の強弓『飛廉』を使う。矢を放つにも関わらず、その軌道は槍の如し、と聞く」
「なるほど、あれが……」
ビクトリアは自分の火球やユーキのガンドで撃ち合った矢のことだと、すぐに気づいた。
あれほどの攻撃は忘れようにも忘れられないだろう。
「何? 奴と会ったのか?」
「えぇ、無詠唱とはいえ、私の火球を相殺するほどでしたから。恐らく、本気で射れば互いに無事では済まないかと。私も腕の一本は覚悟しないといけないかしら」
「よく無事だったな」
「夜空に向かって射ることは、普段しないでしょう。多分、あの状況ではそれが精いっぱいだったということでしょうね」
ビクトリアは肩を竦めるが、伯爵の顔は苦虫を噛み潰したようだった。
「昼間の攻防だったらやられていた可能性が高い。奴は一発放つのに二秒とかからない。大岩すら貫通するという威力の矢が二秒に一度襲ってくるんだぞ。俺ならまだしも、他の騎士が持ちこたえられるかどうか……」
「そうとなると、むしろ短期決戦。場外に出て行かなければならないかしら。いえ、それは相手の思う壺。それこそ、こちらのアドバンテージがなくなってしまう」
「そう。だからこそ、相手に知られずに俺が動くしかない。だが、それは相手も読んでくるだろう。ここは一つ奇策を考えなければならん」
総数不明の軍団の中には流石の伯爵と言えども突入する気はない。
逆に言えば敵の配置や総数さえわかれば、いつでも出撃する気でいる。ただし、そのためには後一手が足りなかった。
「敵軍を混乱に陥れる火力をお前が出した場合、かなりの影響が土地にも出るだろう。流石に、あの近辺を燃やし尽くせば、街の人間が飢え死にする可能性も否定できない」
「あら、失礼ね。まるで私が加減できない人間に聞こえるのだけれど」
「実際にできんだろう。お前に出てもらうのは最終手段だ。最低でも城壁が破壊されるまでは、お前に出てもらう気はない」
既に先程の火魔法による攻撃で、かなりの土地が焼き払われてしまっている。このまま続けて行けば、今は大丈夫でも後々に響いてくるのは間違いない。それが例え、王家からの保証があるとしてもだ。
「とりあえずは騎士たちの魔法で迎撃。恐らく二時間程度は持つだろう。それまでに、お前には偵察に出てもらって、敵の配置をこいつに送ってもらえれば、何とかなるかもしれん」
「あら、私が撃ち落とされる可能性もあるかもしれないのよ?」
「はっ!? 誰が撃ち落とされるって? 俺の惚れた女が、そう簡単に他の男に落とされるはずがないだろ。それに、既に対応策の一つや二つ、思いついてるんだろう?」
「私のことをよくわかっているわね。あなたのそういうところ、私、大好きよ」
ビクトリアは少し喜びながら、部屋を後にする。
その背中を伯爵は見送りながら呟いた。
「さーて、何とか作戦考えるか……」
入れ替わるようにして入ってきたオースティンとメリッサの補佐を受けながら、朝までの残り少ない時間を伯爵は眠らずに、対応策を考え始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます