開戦Ⅴ

 高将軍は腕組みをしながら城壁まで攻撃が通るのを待っていた。

 地脈の力を利用した結界が存在するというのは聞いていたが、ここまで強固なものだというのは想像していなかった。

 三百名に届く道術士の爆破を一時間耐え続けている。使われた札は三万六千枚にも及び、個人が持ち運んでいる分も夜明けまでには使い果たすだろう。


「存外に頑丈だな。龍脈を使っているとはいえ、なかなかに硬い。城壁に一カ所でも穴を開けられれば、攻めようもあるというのに、思う通りには行かんな」

「後続の補給部隊より札の追加が届きました」

「すぐに配れるように手筈を整えておけ。このまま、朝まで攻撃を続けるぞ。幻覚の術すらも見破れぬ者どもが相手なら、姑息な手など使わずとも十分だったな。ここから一方的に攻撃を加えているだけで勝ててしまう」

「はっ、相手は未だにこちらの場所を把握できていない模様。このままいけば将軍の言う通り、街への進撃もすぐ可能になるでしょう」


 傍に控えていた兵が肯定する。

 しかし、高将軍はそれをあまり喜ばなかった。せっかく他国との戦いにまで漕ぎ着けたのだ。強敵との戦いを渇望していた彼にとって、呆気なさすぎる勝利は望む物ではない。むしろ、今回はこの領地を治める伯爵との一騎討ちを心の奥底では期待していたのだ。

 帝国内では反乱分子の排除、武装蜂起の鎮圧などで獲物を振るうことはあっても、どこかお膳立てされたような状況で、ほとんど雑魚しかない。今回の侵略は大義無き戦いではあるが、それでも志願したのは国の為でも、名誉でもなく、己の力を試したいという純粋な願い故だった。

 それだけ期待をしていただけに、今の状況には心底がっかりさせられている。


「ここの領主もこの程度か。せめて、紅の魔女くらいは落胆させてくれないことを祈るか――――」


 そう呟いた矢先、高将軍が天を仰ぎ見たのは偶然。いや、武人としての勘が働いたからだろう。

 有り得ざる場所からの僅かな殺気。普通の人間なら見逃してしまう、ほんの小さな違和感。肌に触れる風の間隔、耳に届く音、視界の端に映る認識外の映像。それらが彼の本能に訴えかけていた。

 即座に撤退せよ、と。


「攻撃中止! すぐにこの場を離れ、第二攻撃地点へと移れ!」

「は? な、何故ですか!?」


 隣で馬に乗っていた副官が当然の反応をする。

 だが、残念なことに副官である彼がすぐに行動に移していたとしても結果はあまり変わらなかっただろう。軍の移動にはそれなりに時間がかかる。

 特に、道術士たちは先に陣を築いていたことからもわかるように進軍速度は遥かに遅い。彼らの活用方法は攻城兵器と同じで遠くからひたすら城壁や建造物などの破壊及び、広範囲攻撃による殲滅である。その為、機動力にほとんど力を割り振っていない。

 つまり、何が言いたいかと言うと――――


「――――しまった。遅かったか!?」


 高将軍が手綱を引いて、引き返し始めたときには道術士たちが一瞬で火達磨になっていた。それどころか、その炎は天まで届かんとばかりに吹き上がり、竜巻となって高将軍の方へと迫って来ていた。

 事態を把握した副官が急いで、周りに声をかける。


「撤退だ! 撤退しろ!」


 だが、そのようなことを言わずとも、道術士たちが燃えた瞬間に兵のほとんどが既に散り散りに逃げ始めていた。

 せっかくここまで運んできた札の積み荷だけでなく、矢や武器、位置を誤魔化すための魔道具までほとんどの物が炎によって灰燼に帰す。その被害に炎の竜巻から逃げようと馬を走らせていた高将軍は頭が痛くなった。


「この数分で、我々の、苦労が、水泡に帰しただと!? なぜ、この場所がばれたのだ……!?」


 幻覚の魔法が破られた様子はないし、敵の偵察部隊に見つかった様子もない。そもそも、城門が開いてないため、偵察部隊自体が出撃できるはずがないのだ。単独行動の偵察部隊の線も考えられなくはないが、それを警戒して見張りも用意していた。

 それ故に考えられるのは一つしかなかった。


「やってくれたな、紅の魔女め!」


 怒りを抑えずに怒鳴って高将軍は、別動隊のいる場所へ向かって馬を走らせた。

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