開戦Ⅳ
本来なら半月に近づき、大地や草が月光に照らされるような夜だったが、襲撃側にとって好都合なことに、月は雲に覆い隠されていた。
そんな中で、城壁を破壊するために放たれる札が風切り音だけを残して殺到する。
「伯爵。これでは結界が破壊されるまで時間がありません。下手をすると日を超える前に破られます」
「くっ、先程から火球を放って様子を見ているが一向に姿が見えん。何らかの隠蔽魔法か。場所さえわかればここからでも攻撃を加えられるものを……!」
城壁の影から巨大な弓を手に伯爵が歯ぎしりする。
魔法を使える騎士たちが闇雲に魔法を放つが、まったく関係ないところに当たるか。運よく札の一部に当たって攻撃を遮るくらいしかできていない。
「火球を放て、札が飛んでくる方向だけでも俺が確認する!」
「了解しました。城壁前方百メートル付近で炸裂させます」
「上方に寄せろ。ど真ん中に放ったら、爆風と爆煙でどこから飛んできたか見にくいからな! 重ならないように俺が合図を出す。松明を上げたら放て!」
伯爵も黙って攻撃を見ていたわけではない。相手の爆発攻撃が炸裂するまでの間隔、風切り音の方角、爆発の規模、それらをずっと観察していた。
攻撃間隔はおよそ二十秒。爆発範囲は半径百m程度、かつての世界大戦で使われた五十キロ爆弾には及ばないが、それでもその威力はかなりの物だ。この中に鉄片などが混じっていたら確実に死傷者が出ていたことだろう。
そして敵の位置を割り出すために注意深く探っている風切り音だが、ほとんど参考にならなかった。通常の風に混じり、やや甲高い音はするものの、どこから飛んでくるかなど判断できない。
それでも伯爵はずっと城壁から顔を半分覗かせて、手掛かりを探ろうとしていた。風切り音が鳴った直後、再び爆発が結界を襲う。白い靄のようなものが炎と風から城壁を守るが、回数を重ねるにつれて、その色が薄くなってきていた。
伯爵は焦らずに、次の攻撃に合わせるために落ち着いて数を数える。
「―――――今だ!」
大きく右手に持った松明を上げると、一斉に火球が空中へと放たれる。
尾を引いて飛ぶ火球はある程度進むと照明弾のように明るく光り輝いた。ただし、それも一秒足らずのこと。その一瞬の間に伯爵は闇夜を駆ける小さな白い札の群れを捉えた。
「正面よりやや北より! 距離四百以上! 放てっ!」
伯爵はその一瞬だけで札が飛んできた方角から、脳内の地形図と照らし合わせ、もっとも攻撃のしやすいだろ場所を想定する。自らの守るべき領地なら、当然、どこから攻めやすいだろうかと敵の視点に立って普段から想定しておくのは当然であった。
鎌鼬のような風の刃と爆発をする火の魔法が同時に放たれる。
伯爵も弓を引くと同じ方向へと矢を放った。しかも、矢はただ放っただけではない。矢の先には鏃とは別に小さな石が括りつけられていた。
強弓と言うにふさわしい勢いで放たれたそれは数秒後に地面へと着弾すると、強烈な光をまき散らす。
「夜間ライト用の魔法石も、7ちょっと頑張ればこういう使い方もできるんだ。さーて、相手さんのお顔を拝見っと……!?」
誤差百メートル以内で敵が存在しているだろうと伯爵が予想した場所に、敵の姿は存在していなかった。その直後、伯爵は自分の目を疑いたくなった。
「ちっ、あの札、飛行ルートを設定されているのか!?」
伯爵の渾身の一撃は、敵を照らさないまでも、その攻撃ルートの一部を見つけることには成功していた。それでも、敵の本体を見つけるまでにはいかない。
そうこうしている内に、今度はその光が灯っている進路には何も見えていなかったのに、突如、結界に爆発が起こる。
「くそが、攻撃ルートをもう変えやがった。練度高いなぁ、おい!?」
自分たちの居場所を徹底的に隠して、一方的に攻撃する。攻める側としてこれほど有効な方法はない。
敵ながら完璧な攻撃方法に伯爵は心の中で帝国軍への認識を改めることにした。
「仕方ない。今回はあいつに良いところは譲るとするか」
伯爵が城壁に隠れて、腰にぶら下げた板を見る。それは数分前に伯爵宛てに送られたメッセージだった。
「これより敵軍本隊を索敵、可能なら攻撃を開始する」
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