襲撃Ⅵ

 身の丈三メートルに届こうかと思われる巨体。その腕と足は丸太よりも太く、殴り掛かられれば一撃で馬車を粉砕するだろう。


「まずいな。ゴーレムなんて出せるのは、高度な魔法かマジックアイテムだぞ」

「そんなにやばいやつなのか?」

「どこかにある核を壊せばいい。でも大抵はわからない」


 ユーキたちの見ている先で、騎士たちはゴーレムへと魔法を撃ちこみ始めた。二人一組で火と風の魔法を同時に放つと、炎が激しく燃え上がりゴーレムの体を焼いていく。

 土は表面が燃えているだけだったが、その内にボロボロと崩れ始めた。


「あぁやって、外側を剥がして核になる部分を一気にぶっつぶすのが定石なんだ」

「でも時間がかかる。このままだと、倒しきるよりも先にこっちに来ちゃうかも。私たちも何か手伝わないと」


 地面を僅かに揺らしながらゴーレムは進んでくる。その前に二人の影が立ち塞がった。


「さて、ここらでいいところを見せておかないとね」

「はっ、そんな出番与えるかよっ!」

「き、君たち。ゴーレムは危険だ。下がってくれ」


 慌てて騎士の一人が生徒会の二人へと声をかける。その傍らでは生徒会副会長のエリーが魔法で援護をしながら頭を抱えていた。


「これぐらい、俺にはどおってことねえよ。一撃で粉砕してやる」

「じゃあ、足止めは任せてくれ」


 言うや否や二人はゴーレムへと駆け出した。オーウェンが剣を抜き放つと朝日に反射して、まるで光の剣のように煌めいた。


「まずは、その足をいただく!」


 駆けていた足の後ろから一際大きな土煙が上がると、オーウェンの体が一気に加速する。そのまま、ゴーレムの足元まで駆け抜けると、緑色の閃光がユーキの眼に映った。

 剣の長さからして丸太のような足は切断できない。そのはずなのに、見事に剣は見事にゴーレムの右足を真っ二つに切り裂いていた。

 体重を支えられずに前のめりに傾くゴーレムの先には、アランが足を止めて待っている。


「よぉ、デカブツ。覚えとけ。体がでかいだけじゃ……」


 右拳を下へと大きく振りかぶり、その拳に焔が灯る。凶悪な笑みを浮かべ、全身が炎色反応を起こしたかのように異様な色に包まれた。新芽のような明るい黄緑色を纏う中で唯一拳だけが烈火の如く真紅に染まる。


「この俺に勝つには百年早いんだよぉ!」


 アッパー気味に繰り出された一撃がゴーレムの顔面へ吸い込まれる。瞬間、拳がぶつかったとは思えない轟音が響く。一拍遅れてヒビが大きく二つ入り、さらに一拍遅れてゴーレムの後頭部から勢いよく火柱が吹き上がった。

 最後に一拍、ゴーレムが倒れ伏す音が大地を揺らし、森から鳥たちが空へと飛び出していく。


「なんだ。足止めだけで終わってしまった」

「出る前に言っただろ、お前は引っ込んでろって」

「いやいや、一応、君が心配で……」

「なんだと、この野郎っ!」


 沈黙したゴーレムから帰ってくる二人を見ながら、唖然と騎士たちは見つめていた。隊長だけは森の中を警戒していたようだが、追撃はないようだ。

 ふと近くにいたワイアットがため息と共に、語り始める。


「流石、公爵家の次期当主。魔法剣の使い手とは聞いていたが、あそこまできれいに切るもんかね。おまけに、あのやんちゃ小僧。身体強化と火魔法ひとつでゴーレムを吹き飛ばすなんて、バケモノかよ。真面目に訓練してるこっちがバカらしくなるな」


 二人が出た時点で魔眼で見ていたユーキもそれには同感だった。明らかに二人が攻撃した瞬間、体から発する光の量が急激に増したのだ。それこそ爆発と呼ぶにふさわしいレベルで、だ。

 しかし、ユーキはここで奇妙にも思えた。以前戦ったアランが魔法を使おうとしたときは、全身が真っ赤に染まったのに対して、今回は右の拳以外は黄緑のオーラが立ち上っていた。

 そして、それは今現在も続いている。


「あ、あの……」


 アランをもっとよく見ようと目を凝らしていたユーキの真下から声が響いた。


「も、もう大丈夫ですから……、は、放していただいてもよいですか?」

「あぁ、ごめん。戦闘に夢中になってた」

「いえ、助けていただいて、ありがとうございます」


 胸に抱えていたアルトは頬を赤らめながら立ち上がる。放心していたメイドも我に返って、アルトへと駆け寄ると怪我がないかチェックし始めた。

 何事もなくてよかったと胸をなでおろすと、再び騎士から大声が上がる。慌てて、そちらの方を見ると皆一様に目を丸くしていた。


「再生……。いや、!?」


 騎士団たちの魔法が飛んでいくが、先ほどと同様で表面を焦がして捲れていくだけで足を止めることはできない。

 オーウェンが剣を再び抜こうとしたところで、その真横を青と白の閃光が尾を引いてゴーレムの足に着弾する。ゴーレムの左足にうっすらと白い幕が張り、右足を上げた瞬間に前のめりに転んだ。


「副会長。ナイス援護だ」

「エリーです。いい加減に名前覚えてください」


 ため息をつくが、その視線はゴーレムからは離れない。巨体であっても動きは鈍いため時間が稼げているが、このままでは馬車まで到達するのは時間の問題だった。


「ユーキ。君の魔法ならいけるだろっ!」

「えっ!? 俺!?」

「城の防壁をぶち抜けるんだ。やってみてくれないか」

「……あの時とは状況が違うんだよなぁ」


 夏の暑さか冷や汗かはわからないが、じっとりと滲んだ額を拭うとユーキは前へ出た。

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