襲撃Ⅶ
前に出る間にウンディーネが話しかけてきた。
「あれは暴走状態のゴーレムですね。ゴーレムは屋外で使用するには、別の魔法をかけないといけないはずなんですが、あれにはかかっていないみたいです」
「弱点は?」
小声で短く問うと胸元にある精霊石が震える。
「核をすべて一気に破壊するしかないですね。体のどこかに魔力の込められた文字が刻まれているので、それを破壊すればいいです」
騎士たちの前に来る頃には、ゴーレムの足の土が氷を侵食して元に戻っていた。両手で踏ん張って、上体を起こしている。その虚ろな二つの穴には怒りの炎が宿っているようにも見えた。
「(――――魔眼をもう一回開くか。魔力の一番集中していそうな場所は……?)」
今までにないほど連続で魔眼を使う。幸い、痛みもなく受け入れた視覚情報は、一瞬でゴーレムの核を認識していた。
「小さいな……」
「何だって?」
「いや、何でもない」
近くの騎士が疑問の声を上げるが、それを右から左へ受け流して集中する。文字かどうかはわからないが、黄色い光を放つ部分が胴体に三つ並んでいた。しかし、その大きさは一文字が人間の拳に相当する。
「まずは軽く……!」
青紫色の光弾が渦を巻く。強度が分からないので試しに溜める時間を最小限で撃ち放つ。運よく光っていた塊の全てを抉り抜いて、腹に風穴を開けた。足を踏み出したまま停止するゴーレムだったが、即座に土が盛り上がり修復されていく。
その様子を見てウンディーネは驚いた声を上げた。
「うわっ。もしかして、このゴーレム。再生する機能まで暴走してるかもしれません。周りの地面から魔力と一緒に土も体に取り込んでます」
「だからさっきよりもデカいのか。じゃあ、破壊すればするほど?」
「大きくなる……かもしれません」
実際に破壊した胴体だけでなく全体の大きさも心なしか大きくなっていた。ユーキは左半分の胴に照準を合わせる。
「じゃあ、ガンドで砕いても意味ないじゃん」
「いえ、正式なゴーレムの解体方法に基づけば壊せるでしょう。さっき言った核、『
「えめ……なんだって?」
ユーキは先ほど抉りぬいた腹に復活した光を見つめた。その光は先ほどよりも濁り、黄色から茶色にくすみ始めていた。文字はわからないが、両端の二つの内のどちらかだろうと思い、ガンドを準備する。
自分がゴーレムを作るなら、と考える。
「(俺なら顔と向き合って作る。ならば狙うは――――)」
普通、文字は左から右にかいていくものだ。本来ならば一番左を狙うはずなのだが、勇輝の直感は何故か逆の方を狙うべきだと囁いていた。そんな時に、ふと勇輝はゴーレムについて、一つ思い出したことがあった。
「(そういや、ゴーレムってユダヤ教に出てくる奴だよな……ヘブライ語は確か右から左に書く言語だったはず)」
ユーキの指先はゴーレムの右の脇腹へと向けられる。
昔見たゲームの謎解きに出て来た知識を信じて、魔力を収束させていく。
「この一撃で……終わってくれ!」
放った一撃はゴーレムの歩行し始めた振動で、照準がずれて左肩を撃ち抜いた。すぐに次弾を装填して撃とうとすると、その瞳にありえないものが飛び込んでくる。
「ゴーレムが、走ってくるぞ……!?」
近くにいた騎士が恐怖に慄いて一歩後ずさる。先程までの鈍い動作から一転、腕を大きく振って距離を詰めてくる。足が着く度に地面が捲り上がり、振動が襲ってくる。
「う、撃て。撃て! まずは足だけでも止めるんだ」
「馬鹿。散開して馬車から離れないと……」
騎士たちがもたつく中で、オーウェンとアランが前に出る。
しかし、それよりも早く脇から一人の騎士が飛び出していく。
「はあああああっ!」
「フェイ!?」
マリーはその姿に見覚えがあった。フェイはローレンスの騎士の中でもトップクラスに素早い。走り出したゴーレムが止まって見えるほどの速さで距離を詰めていく。
白銀の閃光がゴーレムの足元で四度煌めいた。オーウェンほどではないが、両足の足首付近が楔でも撃ち込まれたかのように抉れる。
フェイが飛び退った所へ騎士たちの魔法が炸裂した。土煙が上がる中でゴーレムが膝をつく。さらにダメ押しとばかりに後方から詠唱が響いた。
「『地に眠る鼓動を以て、その意を示せ』」
それも
「『すべてを穿つ、巨石の墓標よ』」
サクラ、マリー、アイリスの三人が杖を振ると、ゴーレムの頭と膝に岩石の槍が突き刺さり、宙へと磔にする。腕や足を駄々っ子のように振り回すが外れるどころか、さらに奥深くへと食い込んでいく。
「ユーキ。やっちまえ!」
マリーの声に背を押され、ユーキは人差し指を改めてゴーレムに合わせる。軽く深呼吸して指先へと集まった光が辿る道をイメージする。
「オーケー。任せろ」
外すわけがない、と自分に言い聞かせて魔弾を放つ。その弾丸はゴーレムの脇腹を的確に貫いて、弾き飛ばした。
再び体の動きが硬直するゴーレム。全員がその様子に固唾を飲んで見守る。
「やった……のか?」
フェイが一度、距離を取って剣を構えながら後ずさる。他の騎士たちも魔法を唱えて、いつでも発射できるように待機していた。
「――――まずいっ! まだ動くぞ!」
磔にしていた岩石の槍にゴーレムの色が混ざる瞬間をユーキの魔眼が捉えた。根元から槍が折れて、ゴーレムの体に吸収されていくと、間髪入れずにゴーレムは走り出した。
「ちっ! 撃て、撃ちまくれ!」
「くそっ、左端だったか!」
もう一度、ユーキが手を構えようとしたとき、ゴーレムに異変が起き始めた。
最初は土に重さで足が沈みこんだのかと錯覚した。
しかし、足を前に進めるに連れて、地面に接してたところから崩れて、剥がれ落ちていく。足がなくなってしまい、腕だけで進もうと伸ばすと肩から丸ごと腕が落ちた。残った片腕も息絶えたかのように落ちると、それを合図に体全体が崩れて土塊に戻っていく。
全員が安堵で喜ぶ中、たった一人、ユーキだけは笑顔になれなかった。
見てしまったのだ。最後までこちらを見続けていた無機質な琥珀色の瞳を。生きたいと足掻いているような、助けを求めるような視線を。
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