襲撃Ⅴ
朝日の光と、小鳥のさえずり。一般的に考えれば、気持ちよく目覚めることができる朝ではあるが、ユーキは頭痛を堪えて起き上がった。瞼も重く、目の奥がごろごろしている感触に苛まれる。
「お、寝坊助騎士さまのおなーりーってやつだ。ほら、そこの桶でちょっと顔でも洗ってこいよ」
マリーに言われるまま、道の外に置かれた桶で顔を洗うと袖で擦って空を見上げた。
昨夜は怪しい光を見つけて警戒していたので、実際に寝ていた時間は一時間あるかないかだった。大きく背伸びをして体のコリをほぐすと、枕代わりにしていた腕や肩辺りから骨のきしむ音が聞こえた気がした。
みんなに悪いと思って急いで戻ってみると、すでに器によそってあるポタージュがあった。
「ネギ、ニンジン、豆が入ってる。中日を超えたから少し豪華にして、残りを頑張ろうって隊長さんがいってたぜ」
「最近、晴れが続いていて汗たくさんかいたから、塩を多めに入れてあるの。ちょっとしょっぱいけど驚かないでね」
「ごめん。何か全部やってもらって」
申し訳なく言うと、マリーが顔を洗ってきたアイリスを座らせながら笑って言った。
「あたしなんて、火を起こして鍋かき混ぜてただけだから。言うならサクラに言ってやってよ」
そんな話をしながら全員が揃うと、昨夜の不安はどこへやら。手を合わせて、一口すすると塩気の強い味が喉を通っていく。お世辞にも、普段の食事と比べるとおいしいとは言えなかったが、限られた食材の中で出した味としてはなかなかのものだった。
事実、徹夜と疲労でエネルギー不足だった体には効果抜群だったようで、たった一口で五臓六腑に染み渡り、二口で頭が目覚め、三口で指の先まで暖かくなる気分になった。
「あー。暑い夏でもこういうのはいいねぇ」
「そうですね。暑い時こそ熱いものを召し上がるのは、体にもよさそうです」
「ん?」
背丈的にアイリスだと思っていたユーキは横へと目を向けると、昨夜見た銀髪の少女が座っていた。すぐ真横にいたはずなのに、気配が感じられなかったことに動揺する。急いで周りを見渡すが、お付きのメイドは近くにいない。
「あの二人ならさっき、慌てて支度してたぜ」
「流石にずっと気を張っていたので寝坊してしまったのでしょう。あまり触れると可哀そうなので、そっとしておいてあげてください」
にっこりと微笑む姿は幼いながらも聖母のような温かさがあった。アイリスと同じくらいのはずなのに、アルトの表情と態度は大人のものだった。
「あ、アルトさんも食べますか?」
「いえ、私は先ほどいただいたので大丈夫です」
そう言って草原の方をずっと見渡す。どこかその儚げな横顔に見とれていると馬車からメイドが下りてきた。
「あ、アルト様。申し訳ありません」
「いえ、大丈夫です。それよりも、体調は大丈夫ですか? まだ疲れが残っているのでは?」
「ありがたいお言葉ですが、中にお戻りください。いつ襲われるか分かったものではありません」
「そうですね。では、皆さん今日も――――――」
――――スパアアァァァンンッ!
アルトが立ち上がろうとした瞬間、隣にいたユーキの左肩後方から破裂音が炸裂した。わずかに遅れて強風が吹き荒れる。
ユーキは混乱したものの、倒れこみそうになっていたアルトを抱きかかえて支えることができた。馬車が軋み、車輪が浮きかけるほどに反対側へと傾いて、揺り籠のように揺れている。
「敵襲っ! 森林方向! 数不明!」
「防御態勢っ! 護衛対象の安全を確保するまで牽制射撃っ! 位置、見失うなよ!」
ワイアットが声を上げると隊長が指示を飛ばす。森林側にいた騎士たちが盾を構えて槍を森へと向けた。散発的に風の魔法が放たれ、敵の行動を制限しながら、位置をあぶり出そうとするがなかなか尻尾を出さない。
街道側からは見えないが、森林内では何人かの人影が木を盾代わりにして潜んでいた。
「おいおい、直撃コースを予備動作なしで弾きやがったぞ。俺の得意技だったのに」
「ばーか。油断してるからそうなるんだよ」
「馬車と馬車の間から、さらに人の間を縫った超精密狙撃だぞ。この距離で気付いてたのか?」
「障壁常時展開してたんだろ。昨晩、ずっとこっちを警戒してたみたいだからな。口より手足動かせ。
いくつかの紐を引っ張ると、その先につながっている茂みや枝が揺れる。すると、そこに騎士団から魔法が撃ち込まれる。それを好機とばかりに他の影が移動を始めた。
「ま、どうせやるなら少し派手に暴れておく方がいいかもな」
そう言って、蠢く者たちの一人が指を馬車の前に並ぶ騎士へと向ける。琥珀色を放つ閃光が僅かにこぼれ出た。
騎士たちが木漏れ日のように煌めく光に身構えると、
隊長がユーキのところまで来るとアルトの安全を確認する。傷一つなく、ユーキが抱えているのを確認出来た瞬間、隊長の顔は驚愕に変わった。
「アルト様。ご無事ですか」
「はい。よくわかりませんが、体に異常はありません」
「驚いた。今の魔法を防ぎきるとは」
「いえ、自分でもよくわからない内に……」
「いや、彼女が無事で何よりだ。それよりも今は賊の対処をせねば……っ!?」
隊長が目を見開くと騎士たちと森との間に土が盛り上がる。いや、それだけではない。土塊は次第に形を変え始める。塊の両側に亀裂が入り、柱のようなものがぶら下がる。その先がハンマーのように塊を作ると、音を立ててボロボロとひび割れて崩れていく。ゆっくりと花が開くように五つの細長い指が現れた。
「ゴーレム……だと!?」
完全な人型には程遠いものの、四肢をもった巨大な土塊といった様相を呈していた。
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