襲撃Ⅳ

 日も暮れて、針のむしろに座らされているようなワイアットの横で、課題である夜の食事を問題なく済ませる。食後のあいさつと一緒に、心の中で彼への形容しがたい感情をどうしたものかと考えていると、後方の班に所属していたフェイが近づいてきていた。


「みんな、お疲れ。体調はどう?」

「こんばんは。私たちは大丈夫だけど……」

「そうか。よかった。王都までの道も半分を切ったからね。二日後に到着予定の街に行くまでが一番危険なんだ」


 フェイがため息をつきながらユーキたちの近くへと座り込む。その隣ではマリーにもたれかかって寝ているアイリスがいた。流石に四日目ともなると疲労の蓄積が抜けなくなってくるころだ。


「王都に近づくということは、それだけ裕福な者が増える。逆に言えば――――」

「――――それを狙って盗賊でも出る、か」

「へぇ、よくわかったね」

「魔法使いまでいる盗賊に襲われれば嫌でもわかるさ」


 見張りのもつ松明を見ながら、ユーキは以前に受けた襲撃を思い出した。それを踏まえた上でユーキは言葉を続ける。


「だからこそ、盗賊が襲ってくるのは考えにくいな」

「考えを聞こうか」

「俺が盗賊側だったら、一番襲っちゃいけないのがここだ。騎士団相手に戦うとなると、仮に勝てたとしても損害も出るし、何よりも

「そうだな。国に喧嘩売ったようなもんだ。それこそ国外まで逃げるか。死ぬまで息を潜めるかのどちらかだからな。あたしも手を出したくないね」


 マリーが頷きながら同意する。フェイはユーキの発言に驚きながらも、それを表情に出すことはなかった。


「そこまでわかっているなら話は早いね。国家相手でも関係なく狙ってくる輩もいるってことだよ」

「あぁ、それならあたしでもわかる。要は国の内部でのゴタゴタだろ。いわゆる権力闘争って奴だぜ」

「つまり、この護衛も……?」

「さてね。でもダミーだって話を聞いているならわかるだろう。囮にすら騎士団をつけるとなると、陛下にとっては、ってことだ。それ以上は、推測でしかないし間違っても口にすることはできないけどね。とりあえず、僕が言えるのはこれくらいだ」


 そう言ってすぐに後ろの馬車の傍へと戻っていく。

 フェイの言葉にユーキは嫌な予感がして、一度立ち上がって伸びをしながら魔眼を開いた。久しぶりに見る世界に眩暈がするが、気をしっかり保って周りを見渡す。

 進行方向に対して右は平原で、緑色とまばらな紫色が地面を埋め尽くしていた。逆に左側の森はところどころに赤や青の色が蠢いてこちらを見つめているように見えた。


「(あれは……人か? 獣か?)」


 馬車の陰から光を見つめていると青い光を放つものが、ものすごい勢いで緑の光の中へと消えていく。恐らく森の中へと消えていったのだろう。気を取られている間に赤い光もいつの間にか見えなくなっていた。


「(こりゃ、今日は寝ていられないかもな)」


 魔眼を閉じながらユーキは元の位置へと戻って座ると頭上から声が響いた。


「今、このあたりで何か……」

「どうされたのですか、アルト様。外に出て何かあってからでは遅いのですよ」


 馬車の中から聞ける声に四人が顔を上げると銀髪の少女が夜空を見上げていた。

 中からメイドの手が伸びるが、なかなか少女はいうことを聞かない。


「こんばんは。お嬢さん」

「――――」


 ユーキに声をかけられて、アルトと呼ばれた少女は初めてそこに人がいたことに気付いたようだった。ユーキの顔をじっとみているのは、暗いせいで顔がよく見えないからだろうか。

 逆にユーキは近くの松明の照り返しで、アルトの顔をよく見ることができた。顔立ちは幼さが抜け始め、身長を考えずに見れば、サクラやマリーと同じくらいに見えた。


「――――こんばんは。今日は良い夜ですね」

「どうだかね。ふかふかのベッドなら足の痛みも取れて最高の夜なんだけどな」


 マリーが軽口をたたくと、アルトは戸惑ったように見受けられた。どう返答しようか悩んでいるようにも見える。


「そうですか。でも馬車の中にずっといるのも退屈なんですよ。こちらの二人はあまりお話ししてくれないですし」

「なるほどな。そりゃ、あたしも経験したことあるぜ。おまけに揺れるたびにあちこち痛くなるんだ」

「あ、それ私も自分の国から来るときになった。船は酔うし、馬車は痛いしで大変だよね」


 サクラとマリーがアルトと意気投合して話し始めてしまい、お付きのメイドはどう止めたらいいかと右往左往している。近くにいたお調子者の騎士はぐっすり寝ているし、もう一人の女騎士は我関せずといった形だ。


「もし明日もお時間があれば、お話ししてくれますか?」

「もちろん。歩くのにはだいぶ慣れてきたからね。警戒はそこの真面目な騎士ナイト候補に任せて、女子会としゃれこもうぜ」

「うーん。マリーそれは少し違うような」


 サクラが苦笑いしてる横で、ユーキは別の意味で笑えなかった。もし依頼が終わったら、本当に騎士にされるのかと不安で仕方がなかった。


「そこのお方は騎士様なのですか」

「いや、騎士に叙勲されそうになって、逃げだした臆病者ですよ」

「嘘、嘘。サクラから聞いたけど、自分が成長するまでは受け取れませんって言ったんだよな。かっこいいなー、あこがれちゃうなー。あいてっ!?」


 マリーの揶揄いに、思わずユーキはチョップでツッコミを入れる。その様子を見てアルトはくすくすと笑った。


「ダメじゃないですか。騎士様が女性に手を上げたりしたら」

「人をからかう悪を成敗するのも騎士の役目ですので」

「あ、ズルいぞ。ユーキ」


 マリーの反撃チョップを受けてよろめきながらユーキは笑い返した。

 楽しそうにしていたアルトではあったが、流石に後ろから突き刺さる視線に気付いたのか。気まずそうに顔半分を馬車の陰へと沈める。

 蚊の鳴くような声で「また、明日」と手を振って消えていった。

 その後、ユーキは夜通しで魔眼を何度も開きながら周りを見渡したが、赤と青の光は二度と戻ってこなかった。

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