護衛Ⅱ
三日後の朝。珍しくユーキは朝八時までゆっくりと寝ていた。いつもなら学園に行くなり、依頼を受けるなりしていたのだが、そういうわけにもいかなくなったからだ。
「三日後のどこで話を聞けばいいんだ……」
オーウェンのいう『依頼』とやらの詳細について、大雑把な日付しか指定されていないため、迂闊に出歩くこともままならない。
夜の内に気付いたが、連絡を取りようにも手段はおろか居場所すらわからない。一時は学園に行こうかとも悩んだが、積極的に受けたいかといわれると微妙である。自分に爵位を与えるために国王が指示を出した案件など、嫌な予感しかしないのだ。
腕時計の長針がまた一つ動き、デジタルで表示される秒数が刻まれていく。ため息をつきながら寝返りをうつと朝日が差し込む窓に影が差していた。
「やぁ、開けてくれるかい?」
「うわぁあああああああ!?」
窓の外からオーウェンが困り顔で覗き込んでいた。
一方のユーキは、掛け布団を跳ね除けベッドの下へと転がり落ちる。慌てて目を擦りながら再確認するが、そこには手を振っているオーウェンがしっかり存在していた。
しぶしぶ、窓を開けるとオーウェンはベッドに着地することなく、床へと降り立った。
「昼間というのに亡霊でも見たかのように驚くとは酷くないかい?」
「朝っぱらに窓の外から覗き込まれてたら、誰だって驚くわ!」
「まぁ、いいじゃないか。こうして時間を無駄にせずに話をすることができるんだ。先日の件について、話をしようじゃないか」
「いや、その前に何故俺がここにいるって知ってるん……ですか?」
ツッコミで我を忘れていたが、相手が公爵家だということを思い出して口調を直す。それをオーウェンは笑って受け流していた。
「まぁ、自分の場合は口調は気にしなくていい。流石に周りに人がいる時は考えた方がいいけどね。で、君の質問への答えだけど――――」
左手で剣の柄を軽く小突きながら間を開ける。その顔はどちらかというとマリーやアイリスの悪戯するときの顔に近かった。
「そうだね……。貴族の力は恐ろしいよ、ってことかな?」
「……答える気がないのは分かった」
貴族社会というのは権謀術数渦巻く場所だ。当然、目の前の少年もその世界に足を踏み入れているわけであり、平和な日本の一般人とは経験が違う。
そんな相手に考えるだけ無駄なので、用件だけをさっさと済ませようとユーキは席へと着いた。
「悪いけど、出せる菓子も茶もないのは許してくれ」
「へぇ、結構切り替えが早いんだね」
「こっちは貴族と違って、体で稼がなきゃいけないんでね。話を早く済ませたいだけさ」
頬杖をついて答えるとオーウェンは余計に楽しそうに笑みを浮かべる。イケメンが笑うと腹が立つと友人がボヤいていたことを思い出したユーキだが、初めてそれに同意したくなった。
「じゃあ、ご希望通りに話を進めるとしよう。ここから西にいったところにある村から、数日かけて王都まで護衛するのが今回の任務だ。護衛対象は貴族の娘とお付きのメイド数名の乗った馬車だ」
「……公爵の娘とかじゃないよな」
「ははは、面白い冗談だね」
「国王陛下が相手だったら有り得るだろうさ」
「否定はしないでおこう」
その後も話をきいていくと任務期間はおよそ一週間、行きにはほとんど時間をかけないらしいが護衛の時にはそうはいかないらしい。
「……というか、いつの間に俺は乗り気になっているんだ」
「ん? 拒否権があるとでも?」
「できることなら、ね」
「あきらめた方が身のためだよ。後が怖いから」
権力者に逆らうと(既に目の前の少年に行ったのはノーカウントとして)、最悪なことすら普通に起こり得る。その危機感からかユーキは、依頼の内容と天秤にかけて依頼の方を取った。
「では、出発は明日の朝だ。夜明け前に魔法学園の中庭に集合ということで」
「ということでって気楽に言ってくれるな」
「実際、気楽になるもんだよ。今回は騎士団も同行するから何かあっても心配ない」
「――――フラグを立てるなよ」
「え? なんだって?」
何でもない、とオーウェンの背中を押して扉の外へと導く。出ていったのを確認してユーキは、後ろへ語り掛けた。
「どう思う?」
「どう思うも何も、言葉通りだと思いましたけど」
ウンディーネが精霊石の中から輝いて現れると、ベッドへ腰かけて足を揺らしながら答えた。
「何か……罠臭いんだよな」
「人間なんて、みんなそんなものです」
「そりゃ、手厳しい」
「……そうですね。これは勘ですけど」
ウンディーネは天井を仰ぎ見て思考すると、確信を得たかのように頷いた。
「真実だけ話しているけれど、全部は話していない、といった所ではないですか?」
「なるほどね。それは有り得るかもな」
言葉の表の意味だけでなく、裏に隠された意味を読み取って対応をするような貴族。想像すればするほど、そういった貴族像が違和感なく感じてしまう。
むしろ、ローレンス伯爵のような人物の方が珍しいのだと、今更になって気付かされた。
一日は始まったばかりだというのに、本日何度目かわからないため息をついて、ユーキは身支度を整えた。
「今日はどこに行くんですか」
「一応、消耗品の補充をして、後は適当に必要なものを探して買ってこないといけないからね。まずはギルドの雑貨屋に行こうかと」
「そういえば本格的な中期間依頼は初めてでしたっけ?」
「そうだね。基本はその日のうちに終わらせるのがメインだったから、ちょっと緊張するかも」
「何事も慣れ、ですよ」
「今回みたいなパターンにはなれたくないなぁ」
苦笑いしながら服を羽織り、ユーキは部屋を後にした。
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